嫉妬もしちゃう。過去を思い出してムカついたり。
意味のないことだってことはわかってるんだけど、やめられやしない。そりゃそうだ。自分の心が何を感じるかなんて、僕にはコントロールできない仕様になってるんだから。人間のシステムの問題なんだろう。
諦めるって言葉が昔から好きなのは、明らかにして受け入れるって意味を含んでるからだ。20代の頃は諦めろ諦めろとブツブツ呟きながら家路についていたんだけど、それは絶望しろ自分!ってことじゃなくて、自分のできることできないことをはっきりさせて受け入れろ!って言い聞かせていただけだ。現状を認識して戦いに向かえ。
その頃思っていたのは社会に出て戦うために自分に何があって何がないかをはっきりさせろってことだった。訓練で手に入るものと入らないもの。夢も希望もなくそれを受け入れないと、変な戦い方になっちゃいそうでこわかったから。
今思ってんのはちょっと違ってて、自分のコントロールできるやつとできないやつをはっきりさせろってことだ。嫉妬も羨望も反射的に他人のせいにしちゃうのも怒りが湧くのも、全部コントロールできない。でもそれは絶望するとこじゃなくて、受け入れるとこだ。じゃあなにがコントロールできるのかというと、振る舞い方はある程度コントロールできる。感じた感情をどう捉えるかもある程度コントロールできる。嫉妬心を感じることはしょうがないけど、その感情に身を任せるかどうかは僕が選べるんだ。過去は変えられないけど現在の行動は制約の中でなら選べるんだ。そして僕はそれを希望として捉えることができる。
それはとても悪くないと感じている。