自分とか僕とかをなくせば楽になるんだろうなーと思って20年くらいになるけど、未だに僕の書く文には自分て言葉が出てきまくるぜ。自分のことしか考えてないんだ。それはそうなんだけど。
自分は意識なんだろう。自分のことを褒められたら嬉しいのは自分。貶されたら腹立つのは自分。自分が意識の産物であるからには、自分についての何事かが起こると脳が反応するんだろう。
反応は体にあらわれる。貶されたらかたくなるし、褒められたら地面から浮いてるみたいになる。硬くなったときは体を揺すってみれば、少し紛れる。怒りも体を硬くする。だから揺するのがいい。
生きるか死ぬかの防御本能が、言葉如きに反応するようになったのは、人間が群れで生活するからだろう。単独行動の動物だったときは、貶されることなんかなくて、でも命の危険を感じたときは、脳からなんか出て体が硬くなってスタンバイしたんだろうね。
今だって群れで生きてるから、言葉如きで命の危険を感じるんだろうな。でもそれのほとんどは幻想だから、基本的にはスルーできたらいいのにな。
よっぽどの時っていつなんだろう。すぐそこにあるような気もするし、すごく遠くにも思える。基本的にはスルーしたい。体を揺すって。