陸に◯刻印 大陸アルミニウム製造 飯盒 昭和17年製造 昭和15年高田清吉氏社長。 奉天に大陸アルミニウム設立 製品は満州軍を初め満州国内の需要にあたりました。

満洲には アル ミは駄目と一時はあきら めて居りましたが、私は年に 4回 満洲又は北支に出張した ので、引続き少量なりともア ル ミ製品の売込みに努力して 来 ましたが、昭和12~3年 頃 には相当大量の取引が出来る 事になりましたので、昭和14年 奉天にアルミ鋳物工場を 経営 し、翌15年 には私の発起により高田清吉氏が社長と なり奉天に大陸アルミニウム株式会社を設立しまして、 製品は満洲軍を初め満洲国内の一般需要に当りました。 一方北支又は上海市場は那須製品のニギリヤ鍋を主とし て輸出しましたが、他工場の寸胴形鍋は容積過大の為め 少量の取引に過ぎなかつたのであります。此れには我々 にも大きな欠陥がありました、其は寸胴鍋の如きかさの 高い品を積重ねて箱詰めとする時は容積が非常に大きく なり、従つて箱代運賃等が過重となるから売れなかつた 事は我々も幼稚であつて、貿易に対する包装の知識に乏 しかつたのでありました。

飯盒は陸軍と同じ物を使っていたと実際に使っていた海軍の方から聞いた事はあります。?って 満州軍で調べてみた。駐満海軍部 満洲国新京にあった日本海軍の出先機関。要港部に匹敵する地位と権限を有し、満洲国沿海・河川の防御および河川の警備等を任務とした。 大陸アルミニウム水筒配布されてるわ
満州軍の水筒だから引き揚げ際、陸軍、海軍両方共水筒持って帰ってくるから大陸アルミニウム製にはなるわ〜 数は少ないけど

軽金属工業発達史 (其の三) - アルミニウム製品の発達を語る P10 右側部分

奉天に大陸アルミニウム株式会社を設立
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上海の上海金属水筒と2例名