ナチス・ドイツ軍では
そのppsh41のキャリングケース
戦闘以外での 運搬するには 弾が入っていない状態で明らかにしている方がいい。
尚かつ、形状が大きなドラムマガジンを付けているのでどうしても マガジンが邪魔
そのマガジンを外して 運搬するのがこの キャリングケース
ソ連特有まき紐形式。現在 近くもおなじような形式で AKSなど運搬できる形式がある。RPDなど在る。
でも、この時代のキャリングケースの残存数が少ないですね
ww2の大戦ものですから・・・
刻印などは 祖国防衛大戦などのため全くなし 慌てて生産されている様子がうかがえる
マガジンはマガジンケースに収納 運搬。
RPG!!!!!
といえば 米軍では手強い相手なので 待避 伏せるなどの 為す術無しのものである。
1972年製造の RPG-2弾頭運搬ケース。
RPGバックの肩パット PKMのスリングでも極一部だけ使用。戦場の兵士の一任に任せられている模様。
弾頭 3本とクリーニングキット 収納
RPG-2(ロシア語:РПГ-2)は、ソビエト連邦で開発された歩兵携行用対戦車擲弾発射器。
形式名はロシア語で「手持ち式対戦車擲弾発射器を意味する「ручной противотанковый гранатомётルチノーイ・プラチヴァターンカヴィイ・グラナタミョート」の頭文字から。 英語の訳表記では、同じ頭文字で「Rocket-Propelled Grenade(ロケット推進擲弾)」と綴られるが、これはバクロニムであり、またPG-2弾頭はロケット弾でもないため、厳密には誤りである。
この兵器はモデルとなったナチス・ドイツのパンツァーファウスト250のように、無反動砲式に対戦車擲弾を発射するもので、後継であるRPG-7と異なり、弾頭後部と発射用推進薬の間にロケットチューブは内蔵されていない。このためRPG-7に比べ有効射程100mと短く、弾道も弧を描き、特に移動目標への命中には熟練を要する。また、差し込まれた弾頭のストッパーが無いため、発射体制のRPG-2を前傾させると抜け落ちた弾頭が地面に落下し、信管を破損するといった事案が多く見られた。(なお、爆発したと言う話も良く聞くが、実際は信管の発射後安全装置(アーミング)により爆発はほとんど無かった。)
| 配備期間 | 1949年~1960年(ソビエト連邦) |
|---|
1961年発行のRPG-2取り扱いマニュアルからみると それより若干長い様に思える











