2018年に父の介護を一手に引き受けていた母の体調が悪くなり
暫く入院しなければならなくなった所から、自分が色々な現実に目覚めた年だったなと。
それ以降、ちょっと自分が変わったと言うか、そんな風に感じてます。
父はOPLLで10年ほどの介護生活の中、母はHUSで急性症状での緊急入院でした。
父はレスパイトを利用し施設へ入院させ、母は県立病院から某大学病院へ転院。
この流れの中で目まぐるしく変わる状況に追付いて行くのがやっとで、往復100キロの移動をこなしながら、よくぞ乗り切ったなぁと思い返します。
私も医療従事者の端くれではありますが、殊に福祉の事については全くの無知で
毎日毎日、問い合わせから手続きに至ってまで、正に奔走したと言ってもいいくらい
沢山の勉強になりましたね
でも考えてみれば、これらを乗り切れたのは様々なラッキーなことが沢山あったんだよなぁって
何よりもは母を担当してくださったDr.に恵まれた事でしょうね
そのDr.のお名前で検索すると、恋心を持ってしまった患者さんのブログがあったりしたのですが
でもまぁ、そういう気持ちにさせるDr.だろうなぁって想像に難しくありません
1か月ほど入院して大学病院を退院した後、地元へ戻りいまでもそのDr.にお世話になっております。
今の母は独りで実家でおりますが、父が実家近くの施設へ入所できた為にちょこちょこ面会へ行っているようです。
父には母の入院中、2度ほど転院をさせることとなってしまったし
半年以上、母に会えないと言う状況になって(これは母の病状が入院していたから仕方ない
)申し訳なかったけれど…
でも私が病後の母と、父の継続的な介護を引き受けると言う状況にもなかったので、父の特養入所が割と早く入所する事が出来たのは有難い事でした。
退院後、母は一時的に私と一緒に生活しておりましたが、今では実家へ戻っています。
父の介護からある意味解放され、今まで出来なかった旅行や近くに住む伯母のところへ遊びに行ったりなどもしているようです。
今後、また何かがあるかも知れないけれど…
でも以前よりは動ける自信もあるし、また少しづつ状況を整えていこうと思う事が出来たので、奔走した日々も不幸中の幸いだったと今では感謝しています。
それらがちょっとだけですが自分を変えたのかもな、と思う今日この頃です
暫く入院しなければならなくなった所から、自分が色々な現実に目覚めた年だったなと。
それ以降、ちょっと自分が変わったと言うか、そんな風に感じてます。
父はOPLLで10年ほどの介護生活の中、母はHUSで急性症状での緊急入院でした。
父はレスパイトを利用し施設へ入院させ、母は県立病院から某大学病院へ転院。
この流れの中で目まぐるしく変わる状況に追付いて行くのがやっとで、往復100キロの移動をこなしながら、よくぞ乗り切ったなぁと思い返します。
私も医療従事者の端くれではありますが、殊に福祉の事については全くの無知で
毎日毎日、問い合わせから手続きに至ってまで、正に奔走したと言ってもいいくらい
沢山の勉強になりましたね
でも考えてみれば、これらを乗り切れたのは様々なラッキーなことが沢山あったんだよなぁって
何よりもは母を担当してくださったDr.に恵まれた事でしょうね
そのDr.のお名前で検索すると、恋心を持ってしまった患者さんのブログがあったりしたのですが
1か月ほど入院して大学病院を退院した後、地元へ戻りいまでもそのDr.にお世話になっております。
今の母は独りで実家でおりますが、父が実家近くの施設へ入所できた為にちょこちょこ面会へ行っているようです。
父には母の入院中、2度ほど転院をさせることとなってしまったし
半年以上、母に会えないと言う状況になって(これは母の病状が入院していたから仕方ない
でも私が病後の母と、父の継続的な介護を引き受けると言う状況にもなかったので、父の特養入所が割と早く入所する事が出来たのは有難い事でした。
退院後、母は一時的に私と一緒に生活しておりましたが、今では実家へ戻っています。
父の介護からある意味解放され、今まで出来なかった旅行や近くに住む伯母のところへ遊びに行ったりなどもしているようです。
今後、また何かがあるかも知れないけれど…
でも以前よりは動ける自信もあるし、また少しづつ状況を整えていこうと思う事が出来たので、奔走した日々も不幸中の幸いだったと今では感謝しています。
それらがちょっとだけですが自分を変えたのかもな、と思う今日この頃です
