【過去投稿シリーズ】
2020.11.28
今日
あったかいおそば食べたいなーって言うと、近くてしょっちゅう通るくせに一度も行ったことがないお店を旦那さんが思いついてくれた。
ほんとにしょっちゅう前を通るし、同じ駐車場のこっちのお店には何度もいったのに、なんで入らなかったんだ?の
お店に入った。
あら、お寿司屋さんなんだー
若干パンチ気味の大将は細くて、シャツの上からインナータイプのダウンベスト\(//∇//)\
強面かしら?と思うや否や!
「いらっしゃいませ」と笑顔!
ホール係のお兄さんも
真っ直ぐに顔を見てちゃんと受け答え。そして注文は全て記憶!メモ書きしない!
おぉこれはバイト君ではないな的な感覚。
店内は年配の方が多い。
ちょっと高級なんだろーか?
メニューは
やっぱりお寿司屋さんだねーな感じ。
ずーっとお寿司屋さんのお寿司を食べてなかったのに気づいて、写真①にお寿司の盛り合わせも注文しちゃったのでした。
でね、運ばれてきたお寿司を見て、写真撮ることなんてすっかり忘れて食いついたのさ(笑)
マグロから、、、
食べたら涙溢れてきて、、、(泣)
なんだかね、、、、
マグロは冷たくなくて、シャリとのバランスも良くて、、
食べる人のことを考えてくれてる優しいお寿司だーって感じたらね、、、涙出てた。
とりあえずお腹埋めるために
安い早いって効率とか合理的なことに躍起になってた時には気づかずに選んでいた食事が多かったな、、、。
何に追われてるんだ?
くらいに「早く早く」と時計を中心にカレンダーを中心に駆け足で、、、いゃジェット噴射で(笑)生きていたな。
量より質。
素材がどうやって「今」わたしに食べられる(料理するのも同じ)形になって目の前に運ばれて来たのかを想像する。
映画「あん」の樹木希林の台詞。「小豆の旅の話を聞く」ってやつ。
その物語も一緒にちょうだいするんだよね。
わたしには出来ない大海原を悠々と泳いでいたマグロにそのエキスを少しだけいただけたかな。
大将は狙ってやってるんじゃないかもね。
数年前、魚屋さんの店頭販売的なことをやってた時。
係長がおんなじような調理をしていたのに気づいて、ほんとにお魚のことが好きで、食べてくれる人のこと「思って食卓のお皿に乗ってる姿を想像しているなーって感じたことがあった。
釣られたお魚が可哀想なんじゃなくて、ちゃんとその命をいいタイミングで「活かせる」ように受け取って行くことが素敵なんだよってね。
最近こころを持ってかれてるこの「食べること」について、昨日も深く感じたのね。
好きなもの食べようよ。
食べたいもの食べようよ。
体が欲してるもの食べて元気だそう。
制限って
どんなものでもいい影響はない。
こういうのをエシカルな考え方なのかと、いいねを押してくれた方の投稿みて感じた。
特に分類なんてどうでもいいけど、わかりやすく伝わるならそれでもいいかな。
ロスなく
全てその命をまっとう出来るように正面から「いただく」。
地球に優しいって言葉は
とても簡単ではない。
すでにわたしが生きてきたこれまで、そしてわたしに繋がる全ての命が、わたしにバトンするまでにも、ずいぶんな引き換えがあり、今もなお存在するだけで色んな命を奪っているのだ。
そう、たやすくわたしは使えない。
すでに生まれたものを慈しみ
無理に作ろうとしない
成り行き任せの育て方を人は自然と呼ぶ。
いい加減
いい塩梅
ちょうどいい
適当で
狙わないのが素晴らしい。
わたしはわたしで本当に
良かったと思う。
独り言でした\(//∇//)\
わたしは
わたしがどうあるかを追求しているのだろう。
人の発言に反応してのことだけど、
使ってる人のことや、それを信念に活動している人のことを非難したりしてはいないつもりです。
どう、受け取られるかは分からないけれど
わたしは、こう思って生きていることを宣言したいと思ったからの投稿です。
悪しからず\(//∇//)\
#食べることは生きること
#全てのお命をちょうだいする考え方
#無理に作ったものは選ばない
#持続不可能は本末転倒
#自分のことを制限しない
#考え方次第
#備忘録
#独り言