ひかりの射し込み方
目の前に
ある
いくつかの
ハイテク機材から
時間の短縮化という
プレゼントを
もらい
足早に
午前中で
仕事を
片付け
今日は
これを。
あきらかに
去年より
こぶり
あきらかに
数が
減っているような気が。。。
なんだか
変な気候だからなのか
それとも
もっと
大きな原因やら
大きな要因が
あるのかなぁ
なんて
考えながら。
そんな
車で
30分も
走らせれば
こんな
光景が
手に入る
場所に
すんでいたり
します。
うさんくさい
政令指定都市
なのです。
ただね
魚が
こぶりなら
いいのかなぁ
とも
考えられますが
中に
入ってるものを
包丁で
切り裂いて
みてみると
なんだか
いつもと
違うことに
ほんとうに
よろしくない
未来が
近づいているような
リアルを
感じて
みたりもしています。
うさんくさくても
偽善でも
エコ
を
きっちりとしてみようかなぁ
とも
考えたりも
する
週末なのでした。
粋なはからい
10年も前な
メロディック
な
コア
な
音にふれながら
親友2人と
酒を。
服装も
容姿も
かわれども
音
と
酒
の味が
変わらないことは
何より
愉快な
コトなのです。
さて
寝よう。
あのころから
親友と
二人で
とある
穴場へ。
10代のときから
ある程度似た価値観と
ぜんぜん違う価値観を
共有してきた
親友と。
無名時代から
互いの
夢を
語り合ったり。
あのね。
残念なことに
今でも
有名ではないし
夢を
語り合うことは
一度も
ないなぁ。
ただ
お互い
面白いもんを
見つけたがるのは
似てるかもしれないんですが。
ともに
否定もしあわないし。
ああぁ
そこ
ついてくるの
みたいな
感じなのです。
気がつけば
お互いの
仕事についてや
切り口や
あんなこと
こんなこと
話していると
会話の
内容が
仕事の話で
80%
近く占めていると
大人になったのかなぁ
と
得意の
勘違いを
してみたり
してました。
落ち着いたりも
当然するわけなのですが、
まだまだ
自分の何かしらを
閉めることなく
どうにか
自分の
何か
どこかしらを
深く
拡く
漁らなきゃなぁ
と
感じたりする
1日なのです。
さて
呑みに
いきますかぁ。
あしたは
パスタでも
つくろうかな。
ホント
昨日
訪れた
和食屋さんに
おいて
あった
雑誌
なのです。
一言で言えば
ミスマッチ。
もちろん
いい意味で。
この本を
ご飯屋さんで
おいてあること
が
なかなか
ありえないなぁ
と
感じながら。
土地柄的にも。
たまには
真正面から。
ミスマッチ
といえば。。。
清純派女優の
表と裏
を
あさるばかりでは
なくて
その根本のモノを
何故使用しては
いけないかを
論ずるべきなんじゃないのかなぁ
とか
その使用後のの具体例を
あげるべき
なんじゃないのかなぁ
とか
少し間違った
解釈の定規を
つかえば
クラブ = ???
みたいな
おかしな
ことを
公共の電波に
のせて
解説している
学や知識や教養を
武器に
鼻高々に
論じている
ほぼ空論の世界の住人たちの
間違いが
正当化
されている
かのように
感じてしまい。。。
S
とか
チョコ
といって
空想の住人は
分かるのかなぁ
と
懐かしんでみたり。
自分は
いっさい
手は
出しません。
だって
そんなところに
お金を
落とすくらいなら
ほかにやりたいこと
山ほど
あるし。
もし
逆の立場なら
売り手側なら
どういう感じで
売りさばくかは
想像できるので。。。
親友は
S
で
3日
意識を
とばしちゃったと
ほんとか
どうか
わからないことを
いってましたが
嘘を
つくタイプ
では
ないので
ほんとだと
考えられます。
まだまだ
いってみたいところは
あるし。
和食屋 meets 装苑 .
And more.
よのなか
いい意味での
ミスマッチ
だらけなら
どれだけ
いいことかなぁ
なんて
考えていました。
一文字違い の
知らない土地の
知らない場所へ。
たまたま
みつけた場所へ。
外環も
概観も
大切な
要素なので。
入ったら
すこし
びっくり
させられて。
和食屋さん。
も!いーじゃんお買得券持参で。
いや
そのような券は
まったく
知りもしないで。
も!いーじゃんお買得券
で
あってるか
どうかも
わかりません。
すんません。
いきなりの
Eames
さん
とこの
が
待っていて。
おおぅ
初めてだなぁ
こういう
和食屋さんで
みるの。
と
おもいながら。
すいすい
と
奥に進んでいったら
柳さんの
バタフライが
奥で
舞っていて。
ただね
椅子は
座るために
あるわけで
と
感じて
しまって
いたり。
あまりに
空腹すぎて
食べ物
撮るのを
忘れていて。。。
この
カレンダー
かわいいなぁ
と
思い
パシャリ。
つよがり
を
かかえこんでいる
じぶんは
つながりを
さがしているのかも
しれません。
ねむいから
よくわからないことを
かきたがる
じぶんが
ひょっこりと
かおを
のぞかせてみたり。
いびつさ と
当たり前や
常識って
なんでしょう?
そんな
こと
今年は
よく
考えさせられる
こと
が
よく
あったりも
しています。
なんだか
この
かたの
残した
時間が
あるような
場所にも
偶然出かける
機会が
おおく。
けど
自分は
こんな
半ば
悪ふざけにも
とってとれるような
一面も
兼ね備えていたり。
ただ
最近
頻繁に感じるのは
良し悪しとは
別次元の話しで
誰かが
汗水
流して
夢見てたような
空間に
足を
運びたがる
傾向に
あったり。
だれか
まだ
知らないヒトに
出会って
いろんな
些細な話しを
聞く機会は
再生
と
録画
の
状態の
リズムで。
めったに
みない
TV
から
出てくる
一方的な
スピーカー的な
ものは
早送り
みたいな
悲しみすら
感じてしまう
リズムで。
今
この
目の前の
指先の
いくつかの
しなやかな
動き
や
情報の取り方
は
チャプターごとの
不自然な
リズムのように
感じてしまいます。
今は
巻き戻し
しながら
再生
と
録画
している
ながら作業
を
している
状態なのです。
きっと。
ちょっと。
ただね
あついから
この先には
進まず。。。
出来ないものは
その時期が
くるまで
待ってみようと。
なかなか
不思議な
空間
なのでした。
鳥の街
は。
¥200 の破壊力
うまく
塗り替えてやろう
とか
それこそ
常に
on状態
で
自分を
着飾っている
ということより
も
なんだか
大切なもの
が
やっぱり
自分のどこかに
あるような気がしていて
自分のどこかには
先祖代々
つたわる
何かしらの
ちいぽけな
プライドも
あったり
も
したり
みえない
羽も
あったり
なかったり
するわけで。
なにかが
きっと
なにかが
この
¥200
の
とんでもない
破壊力のある
博物館に
いく
時間を
与えてくれたのかも
しれないし
いとも
かんたんに
いくつかの引き出しを
指先の
動きだけで
開くことの
できる
時代だからこそ
開け方に
やり方に
こだわりを
もたせたくて。
運んでくれたのかもしれません。
時間と
自分を。
偶然にも
出会ってしまったのなら
あけてしまったのなら。
本当に
たまたま。
そんな
素敵な
出会いが
多々あって
そこに
柵が
あるのか
ないのか
よくわかりませんが。
ちいさな
ときから
いつみても
いつでも
こういう状況に
動物が
おかれている姿を
みると
胸が
いたみます。
孤独。
ただ
孤独
にしか
目に
うつらない。
だから
動物園は
好きではありません。
けど
孔雀を
みたいという
衝動は
今も
枯れ果てずにあったりと
矛盾を
抱えた
動物なのです。
自分は。
まだまだ
自分の何かを
渋く
深く
味わうためには
どうしたら
いいのか
まだまだ
時間が
かかりそうです。
今を満たす
本能を
どんだけ
のぞきこんでも
いくら
いろんな角度から
見ても見ても
中身が
みえないと
追い詰められたかのように
どんどんと
中身を
みてみたくなるって
本能なんだと。。。
けっして
たいしたものが
入ってないのかもしれないけど。。。
葉一点なのかもしれないんだけど。
なぜか
駆り立てられるように
見てみたくなってしまいます。
けっして
ピンクな
素敵な
中身が
待っているとは
舞ってくれてるか
わからないけど。
でも
中身が
知らないまま
わからないまま
今
ブログ
書いてます。
気になって
気になって
どうしようも
こうしようも
出来ないんですけど。


























































