生物多様性の保存や回復を仕様とするときの重要ポイントなのに、これまでのビオトープ造りなどで一番無視されてきた点(種内の遺伝的多様性)の守り方をここにまとめておきます。

その前にまず、ちょっとだけ復習。
生物多様性とは、
■様々な生物種が存在すること=種の多様性
■同一種であっても種内の個体群や遺伝子が異なっていること=遺伝子の多様性
■それらの種の生息環境が多様であること=生態系の多様性
といった、異なる3つの階層の多様性を意味する包括的な概念となっています。

生物多様性の3つのレベルについての詳しい説明については、こちらを参照してください。
「生物多様性について」
http://sky.ap.teacup.com/biotop/37.html

今回は、絶滅危惧種だけでなく一般的な野生種の遺伝的多様性を温存すること、移植や人工的な育苗を始めようとするときの重要な注意点を紹介します。

オオタカやカワセミ、ホタルなどが暮らせる多様な環境を支えているのは、ほかならぬ普通の野生種たちです。
どこにでもある野生種ならどこから採ってきても同じと思うのは大間違い。
どんな普通種も、その土地独特の遺伝的多様性を持ってそこで暮らしてきたのですから。

上に挙げた生物多様性の3つのレベルも、実は相互に複雑な影響をし合っています。
より高次だと考えられている生態系の多様性も、地域ごとでの一般種が内包している同一種内の遺伝的多様性が変質してしまっては、総崩れになってしまいます。

自然保護の第一歩は、普通種をきちんと守ることです。
忘れないようにしましょう。

野生種のタネ集めの一般的注意は、僕の「小さなビオトープガーデン」でも紹介しています。

以下に「絶滅危惧植物の系統保存管理マニュアル」からの重要ポイントの抜粋を紹介します。
引用元の資料はこちらに↓
絶滅危惧植物の系統保存管理マニュアル
2008年3月
環境省自然環境局
http://www.env.go.jp/garden/shinjukugyoen/1_intro/pdf/rdb-04.pdf

以下抜粋
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遺伝的偏りの防止対策
1 - 播種当年に発芽しなくても、2年間はポットにおいて経過観察をおこなう。
2 - 種子から栽培する場合、なるべく間引きをしなくて済むように、一鉢当たり(一 か所当たりの播種数を制限する。
3 - 間引きの必要があるときは、あらかじめ間引き率を決めた上で、例えば端から順に何本に1本の割合で間引くなど、機械的な作業とする。
4 - 栽培する際は、なるべく自生地での環境に合わせた栽培環境をとる。
5 - 栄養繁殖での増殖は、元々の個体数の少ない場合や、種子による増殖の困難な場合等を除き、必要最小限にとどめる。
6 - 累代的に栽培する場合、なるべく栽培する個体数を大きく保ち(一般的には50個体分以上とされる;Marshall and Brown 1975)、更新世代数を限定する。個体数 が少ないときは特に、数世代に限って栽培する。
7 - 複数の系統を栽培する場合、ネットで覆う、別々の圃場で栽培する等、系統間で交配が起らないよう管理する。
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抜粋続き
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5.系統保存のために注意すべき点について

ここでは、栽培施設内で絶滅危惧植物の系統保存を行う際、特に注意すべき項目を整理 する。本章の内容は、前章「4.系統保存管理情報の内容と記録方法」で触れた「栽培管理 配慮情報」にあたるものである。実際の栽培管理にあたっては、以下に述べる点に注意し、 その対応等を栽培台帳やカードに記入し、データベースに記録して行くことが求められる。

(1)遺伝的な偏りの防止
栽培下での系統保存上の課題として、植物の栽培、世代の更新の際に遺伝的偏りが発 生して、元々の遺伝的特性が失われてしまうことがあげられる。これらの原因はいくつ か考えられる。

①種子からの栽培過程で起こる意図的・非意図的な選択の問題
種子からの栽培を行う場合、通常の植物の栽培では、栽培者にとって好ましい個体を選択し、他は間引いてしまうことが多い。野生植物の園芸化はこのような過程で行われるが、絶滅危惧植物の系統保存においては、より好みによる選択を行うことは元 の集団の遺伝的構造を変化させ、遺伝的多様性を失わせてしまうので好ましくない。
さらに、栽培者が意図しなくても、生育状況の良い個体を無意識に選択してしまう可能性がある。
一般に、多くの植物種は休眠性や発芽特性の異なる複数のタイプの種子を生産する。
例えば、同じ親株から採取された種子のなかにも、当年発芽するものと翌年発芽するものがある。そのような特性を持つ種の場合、播種から発芽するに至る段階を当年限りで切り上げてしまうと、早く発芽した種子を選択的に栽培してしまう結果となる。

②自生地と異なる栽培環境下での問題
植物体を維持管理する段階においても、自生地とは異なる栽培環境で生存する個体は、自生地の状況を反映した結果でない可能性がある。栽培環境下では、他種との競争というよりも種内競争の面が強いが、そうした側面において他の個体に勝る個体は、
必ずしも自生環境下で種間競争に打ち勝っていく個体とは限らない。さらに、野外においては水分、土壌、光、温度などの微環境が少しずつ異なることでそれに応じた様々
な個体が見られるが、一定の安定した栽培下ではそうした遺伝的多様性を生む環境面の要因を欠くことになる。
こうした環境で栽培を何世代も続けると、ゆるやかな平均化の影響となって表れる。
手厚く栽培管理されることで、自然環境下とは異なった遺伝子型が固定化される可能性がある。

③栄養繁殖による増殖の問題
通常の栽培では、栽培者にとって好ましい性質を維持することが優先される。種子の場合、一般に成株にまで栽培するには手間がかかる。また、交配元により必ずしも親個体と同じ形質を持つとは限らない。そのため、成株までの期間がより少なく、親個体と同一の形質を維持することのできる、球根、地下茎、ムカゴ、挿し木、取り木などによる栄養繁殖を行うことが多い。
しかしながら、特定の個体から増殖された栄養繁殖株が集団の維持に利用されると、遺伝的に同一な個体の割合が増してしまう。集団が遺伝的に均質になると、環境変化や病害虫・ウイルスの一斉被害を受けるリスクが高まり、自家受粉や近親交配による有害な対立遺伝子の固定化などの問題も起こりやすくなる。

④個体数の確保の問題
例えば、オキナワセッコクなどのような自家不和合性を持つ種の場合、第二世代を作るためには遺伝的に異なる2個体が必要となる。しかし、この第2世代を増やしてもそれ以降は繁殖に十分な遺伝的多様性の確保が難しい。
こうした種毎の繁殖特性に加え、少数の個体を交配して栽培を続ける際に問題となるのが、近交弱勢と遺伝的浮動による遺伝的多様性の消失の問題である。




一般に、小さい個体数で栽培する場合、大きい個体数で栽培する場合に比べ、遺伝的偏りや遺伝的劣化は急速に進行する(遺伝的浮動)。つまり、親世代の持つ対立遺伝子が無作為的に子に受け継がれる過程で、いくつかの対立遺伝子は頻度を増すが、他は減少し、いくつかは完全に消失し、総体としては対立遺伝子の多様性が失われる。
個体数が大きければ、この対立遺伝子の無作為抽出の過程で淘汰作用が働くことで劣性対立遺伝子の発現は抑えられているが、個体数が少ないと遺伝的平均化が進み劣性対立遺伝子が固定化しやすくなる。
遺伝的な平均化は、環境変化に対する耐性を低下させ、病気やウイルスの蔓延の危険性を高めるし、劣性対立遺伝子が固定されれば、変異形質や病気として現れる可能性が高くなる。一般に、草丈が低くなり、植物体の重量が軽く、花期が遅く、種子生産が少なくなるなど、繁殖適応度に関わる形質が一様に低下することも知られている。
栽培個体を増殖する際、自殖により増殖する場合や、近親交配により増殖させる場合、初めに持っていた遺伝的多様性は急速に失われてしまう(図2)。また、人工的に異系交配を行わせる場合においても、個体数が小さいと元の遺伝的多様性は比較的速く失われてしまう(図3)。

⑤複数の系統の栽培による問題
絶滅危惧植物の現状を踏まえれば、たとえ1系統でも系統保存がおこなわれていることがまず優先されるべきと考える。
ただし、種の域外保全全体を考えれば、なるべく多くの系統が偏らずに保存されることが望ましい。特に、一年草などの短命な生活史を持つ種では、一般に遺伝的多様性は集団内では低く、集団間に多様性が認められるため、種の遺伝的多様性を維持するためにはひとつひとつの集団がより重要となる。
しかしながら、複数の系統を同一の施設で栽培する場合、系統間の交配によって、個々の系統の遺伝的構造が変化してしまう可能性がある。虫媒花の場合、ポリネーター対策として系統ごとにネットで覆うことは有効であるが、風媒花の場合、意図せずに交配が起こる危険性がある。
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8.Q&A集

Q.現状では多くの植物園で人員・経費・栽培スペースが限られており、マニュアルに書かれている栽培管理をそのまま実行することは困難である。採集時に収集すべきとされるデータ項目や、管理すべきとされるデータベースの項目も多岐にわたっている。マニュアルの実効性についてどう考えるか?
A.本マニュアルは、絶滅危惧植物の系統保存を目的とした系統保存管理を行う上で問題となる、由来情報、系統保存管理情報、遺伝的偏りの回避、病害虫やウイルスの感染防止、外来生物の混入防止、などの課題に対し理論的背景も交えながら、考えられる方策について示している。
現状を踏まえれば、これらの対策を一度にすべて実現していくことには困難を伴うことは認識しているが、個々の課題に対して対応可能なものから段階的に取り組み、できる限りの範囲で改善することで、絶滅危惧植物の系統保存を実現していくことを意図している。

Q.絶滅危惧種の自生地が複数あり、自生地ごとに生息域外保全を行う必要があるのか?
A.種全体の遺伝的多様性の保全を考えた場合、ひとつの集団だけでなく、他の様々な集団が保全されて行くのが望ましい。生息域外保全の必要性については、各々の自生地の状況に鑑みて行われるべきである。

Q.株分けで増殖した個体をそれぞれ区別するためには、どのような個体番号の付け方をすればよいのか?
A.株分けされた個体は遺伝的に同一なクローンであるので、元々の個体番号はそのまま残 し、それに枝番を付けて管理するのが望ましい。枝番は1から順につける。例えば20080001‐001、20080001‐002など。

Q.栽培個体の情報については、どこまで公開するのかなどデータの取り扱いについての取り決めが必要ではないか?
A.絶滅危惧種の場合、自生地などの情報については盗掘防止の面から、一般には公開すべきでないと考える。
本マニュアルの付属資料については今後の更新も含め、自生地情報等の公開により保全上支障の生じる情報は掲載しない考えである。

Q.生息域外で栽培管理する際、あるいは植え戻しをする際に、自生地以外の土壌菌の混入に関する問題をどこまで厳しく捉えればよいのか?
A.本マニュアルでは、植え戻しの際に、外来生物の持ち込みが厳しく制限される場合を想定した栽培管理方法について記述しているが、実際に植え戻しを行う際に、どの程度の厳密さが求められるかは、今後の検討課題と考える(「7.今後の課題」参照)。

Q.ひとつの自生集団について、遺伝的多様性を維持するために必要な栽培個体数はどれぐらいか?
A.累代的な栽培や交配を行う場合、一般的には50個体分以上とされる(生育地の個体数が50以下の時はなるべく多くの個体)。本文「5.(1)遺伝的な偏りの防止」参照。



9.用語解説

保全に関する用語
絶滅のおそれのある種
種の存続に支障を来す程度にその種の個体の数が著しく少ない、その種の個体の数が著しく減少しつつある、その種の個体の主要な生息地又は生育地が消滅しつつある、その種の個体の生息又は生育の環境が著しく悪化しつつある、その他のその種の存続に支障を来す事情がある野生動植物の種。絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト(レッドリスト)が環境省により作成されている。

生息域内 生育域または自生地の内部。

生息域外 生育域または自生地の外部。多くは植物園など、人間の管理下におかれている状態を指す。

生息域内保全 保全対象とする種や集団を、その本来の生息地で、必要な環境要素やその規模を確保することで保全し、絶滅を避けようとする考え方。

生息域外保全 本来の生息地では存続が危ぶまれる種や集団を生息地以外で保全しようとする考え方。個体数の減少や生息地の消失だけでなく(緊急避難)、 将来起こり得る生息環境の悪化等による絶滅リスクに備えて行われる。「生息域内保全」の補完的措置として取られる手段。

系統 本マニュアルにおいて対象種の種内多様性を保存するための個体集団の単位。一系統の範囲はひとつの集団から複数の集団、地域的なまとまりまで含まれるため、種毎の差異が大きいため個別に判断される。

系統保存 同じ系統集団の遺伝的多様性を守りながら栽培を行うこと。

移植 自生地とは別の野外環境へ人為的に移動させること。

植え戻し 一度人為環境下におかれた個体を、自生地へ戻すこと。

コレクションNo. 採集者が採集した個体や個体のまとまりについて付ける番号。一般にコレクターズNo,、採集者番号ともよばれる。


繁殖に関する用語
集団 一定の範囲に生育する個体の集まり。個体群。

栄養繁殖 むかご・匍匐枝・走出枝・地下茎・球根など、有性生殖を伴わず、無性的に繁殖すること。子個体の遺伝構成は親個体と同じである。
クローン(clone) 同一の遺伝子を持つ個体。例えば、匍匐枝、むかごなど栄養繁殖によって分かれた個体、株分けによって分けられた個体、など。

自殖 両性花の個体において、その個体自身の花粉で交配すること。自家受粉。

他殖 他の個体と交配すること。他家受粉。

自家不和合性 両性花の個体において、その個体の花粉、あるいは同系統の個体の花粉では結実しないこと。

近親交配 近い血縁同士の個体の交配。同一個体内(自殖)、一世代前が共通の親の個体間、二世代前が共通の親の個体間の交配など。厳密には血縁関係にある個体間の交配を指す。

異系交配 遠い血縁同士の個体の交配。厳密には血縁関係を経ていない個体間の交配を指す。

遺伝に関する用語
遺伝的多様性 同じ種でも個体によって持っている遺伝子が様々に異なること。

近交弱勢 近親交配によって繁殖力や、生存力が低下し、関連する形質が劣化すること。

遺伝的変異 遺伝する個体の変異。

遺伝的劣化 遺伝的多様性が減少すること。

遺伝的浮動 小さな集団内において起こる遺伝的組成の変化。遺伝的偏り、遺伝的多様性の消失などをもたらす。

対立遺伝子 ある遺伝子座において、複数の異なる型のひとつ。例えば、草丈の高い遺伝子(AA)と草丈の低い遺伝子(aa)。

ヘテロ接合 ある遺伝子座において、異なる対立遺伝子を持つこと(Aaなど)。逆に、同じ対立遺伝子を持つことをホモ接合という。

ヘテロ接合度 ある遺伝子座におけるヘテロ接合の個体数の割合。


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-目 次-

1.はじめに
(1)絶滅危惧植物の域外保全の現状と系統保存管理マニュアル等の必要性 -- 1
(2)マニュアルの位置づけ ------ 1
(3)本マニュアルの内容の実施 ------- 1
(4)本マニュアルの改善等について -------- 2
(5)本マニュアルの対象となる植物の範囲とマニュアルの構成 --- 2

2.系統保存管理の基本的な考え方
(1)系統の保存 ---------------- 4
(2)情報管理の重要性と必要な情報 -------- 4
(3)情報管理の基本的な仕組み ------------ 4

3.由来情報
(1)自生地情報について ------------ 6
(2)第三者から導入する場合--------- 9

4.系統保存管理情報の内容と記録方法
(1)系統保存管理情報の内容 -------- 11
(2)情報の記録 ---------------- 14

5.系統保存のために注意すべき点について
(1)遺伝的な偏りの防止 ----------- 17
(2)ウイルスや病虫害の対策 ---------- 20
(3)近縁種・他の系統との交雑防止 ------- 25
(4)外来生物の混入防止 ----------- 26
(5)寒冷地における植物の栽培保存について ------ 26
(6)栽培実績のない絶滅危惧植物の取り組み方 ---- 27

6.情報の共有と更新
(1)全園で共通させる項目と情報更新の頻度 ----- 29
(2)情報入力作業上の注意点 ---------- 31

7.今後の課題
(1)種毎の情報の集積 --------------- 33
(2)栽培管理に関する情報の集積・検討 -- 33
(3)植え戻し等に関する検討 ---------- 33
(4)一般への普及啓発 --------------- 34

8.Q&A集 ---------------- 35
9.用語解説 --------------- 37

引用参考文献/ウェブページ----- 40
索引 -------------------- 41


参考資料1:第3次生物多様性国家戦略(抄)---- 47
参考資料2:特定外来生物リスト----------- 49
参考資料3:種の保存法指定種リスト------ 56