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戯曲勉強会ビオロッカのブログ

東京外国語大学公認演劇サークル劇団ダダンを
母体に発足した勉強会です

演劇に携わりたい人達の受け皿のような存在になれたらいいな、
とおもっています

翻訳・台本・演出・出演を務めました石見です。
先週の日曜日で戯曲勉強会ビオロッカ『ヴォイツェク』は無事全6回の公演を終えました。
お越しくださった皆さま、そして今回はご覧いただけなかったものの興味をお持ち下さった皆さまに心より御礼申し上げます。

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「よく分からなかったけれど、迫るものがあった」という感想を多くいただき、また戯曲をご存知の方からは「断片的な言葉の連なりから浮かび上がるイメージが、丁寧に、そして素直に舞台上に再現されていた」(ブログ「閑人手帖」より)という評価をいただきました。

過去多くの『ヴォイツェク』上演が「原作:G・ビューヒナー」であったり「原案:G・ビューヒナー」としているなか、「作:G・ビューヒナー」と掲げることは実は小さな挑戦だったのですが、観客の皆さまのこのような反応を受けて挑戦が成功したことを実感しました。

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さて、演出の意図について語ることほど野暮なことはありませんから、ここで、稽古場の裏側を少しご紹介したいと思います。
今回の稽古では特に多くのボツネタ、保留個所がありました。

たとえば、ヴォイツェク、大尉、医者、アンドレースによる場面。通称「山手線」。

東京の路線図で言えば、大尉が皇居のように動かず、
医者が山手線外回り、アンドレースが内回りで、
ヴォイツェクは丸ノ内線から、西武池袋線や中央線、総武線へ乗り換えて移動しながら、
別々のシーンの台詞を言っていくというシーン。
あるタイミングで声量が下がっていき、最後はミュートになって動き続ける……

動き自体はなかなか魅力的だったのですが、舞台の流れにうまくはまらず、泣く泣くカットすることになりました。

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また稽古場が、子供たちの遊ぶキッズスペースの隣だったとき、稽古では教育的配慮からいくつかの台詞の変更を強いられました。

「あばずれ」→「マシュマロ」
「処女の奥さま」→「森のくまさん」
「畜生、ヴォイツェク、俺もムラムラするってもんだ」→「ヤッホーイ、ヴォイツェク、俺もワクワクするってもんだ」

電車や喫茶店で舞台の話をするときも『ヴォイツェク・ファンシーバージョン』は活躍しました。ありがとう、ファンシー。

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そしてマリー殺害からラストまでのシーンは、本番の前日に決まるというありさまでした。いくら試行錯誤を繰り返しても、ヴォイツェクが「悲劇のヒーロー」になってしまう。ヴォイツェクは社会構造の悲劇的結果であって、悲劇を遂行する人物ではないのです。そしてそれに拍車をかけるように詩的になってゆく台詞。今回の舞台では、ナイフを探しに沼に戻ってくるヴォイツェクの台詞はほとんどカットされました。台詞自体は非常に美しく、思わず暗唱したくなるほどのものなのですが、その他の場面と比べるとあまりに饒舌なヴォイツェクに違和感を覚えてしまいます。
(そこには『ヴォイツェク』の成立事情があります。殺人は一番最初の手稿だけに残っています。第一手稿はヴォイツェクとその妻(名前はまだマルグレート)の関係の破綻と殺害が簡潔に描かれているだけで、大尉や医者といった特徴的なキャラクターはまだ現れておりませんから、したがってヴォイツェクが軍隊という機構ですりつぶされていく社会批判的な側面はないのです。そのためヴォイツェクは第一手稿ではまだ「悲劇のヒーロー」として振舞うことができます。)

マリー殺害が中々成功しないこと。これがわたしたちがビューヒナーの第一手稿から見つけ出したエッセンスでした。「最愛のマリーを殺してしまうヴォイツェクがかわいそう」という男性的悲劇観から抜け出す契機がここにはあるはずなのです。つまり、暴力の連鎖の終着点としてのマリーの悲惨さ。ヴォイツェクを悲劇のヒーローとして扱うことの問題は、マリーを悲劇のヒロインとして扱うことができないという点にもあります。なかなか死なないマリー。そしてラストシーンではマリーは二度目の復活をし、舞台を去ってゆきます。

阿佐ヶ谷に乗り込む直前に演出プランの再確認をしたのですが、その時に役者の一人が「虚しい舞台だ」と口にしました。正にその通りです。

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今回の舞台は成功したことばかりではなく、失敗したことや、上手くいかなかったこともたくさんありました。この反省を次回に生かしていきたいと思います。
どうぞ、戯曲勉強会ビオロッカのこれからの活動にご期待ください。


戯曲勉強会ビオロッカ
石見 舟