毎朝自宅から最寄りのバス停まで歩き、7時26分のバスに乗り学校へ向かう。6月の梅雨の時期というのに今日は雲ひとつない快晴で、バス停でバスを待つ夏希を早朝とはいえ日射しが肌を射すほどに強い。
「日焼け止めを塗ってくるんだったな」
夏希はそう思った自分が滑稽になった。今日死のうと決めている人間が日焼けを気にするなんて・・・どうかしている。思いっきり眩しい太陽の光を吸収すればいい。
そんなことを考えている間にいつものバスが来て、扉が開く。夏希はバスのステップを上り、空いている後方の席に座る。扉が閉まるプシューッという音がしてバスはゆっくりと動き出す。窓から見える景色はいつも通りだが夏希にはいつもより一層眩しく移り変わる。
次の停留所が見えてくると一人の男性が立っている。着ている制服から隣町の高校の生徒だと認識することができた。
何てことはない、日常の1コマ。だが、夏希はその男子学生から目を離すことができない。
何故?
夏希は胸の鼓動が高鳴ることに戸惑いを隠せない。長身でも美形でもない、どちらかといえば冴えない容姿のあの彼から視線を逸らすことができない自分に・・・
全身の血流が勢いを増し、ふるえが止まらない夏希を余所にバスは停車する。
あの人が乗ってくる。
眼を皿のようにしてその男子学生を凝視していると、一瞬視線を交わしそうになり夏希は慌てて目を伏せる。
「おう、ケイ、おはよう。今日は遅いな。」
夏希より前にバスに乗っていた別の男子学生が声をかけると、あくびをしながら彼が応えた。
「あ~、寝坊した。」
矢を射るように真っ直ぐに心に響く彼の声。夏希は心の中で何度も何度も反芻した。
そうしているうちに夏希がいつも降りるバス停に到着する。夏希は真っ赤になった顔を隠すように俯きながら彼の横を通りすぎ、震える手でバスの運転手に定期券を見せてステップを降りた。
彼を乗せたバスはまたゆっくりと走り出した。夏希はバスが見えなくなるまでそのバス停に立ち尽くしバスを見送った。
ケイ・・・君ていうんだ。
彼の名前を胸に刻みつけて、全身の緊張を少しずつ解しながら夏希は学校へ向かう。
ケイ君、ケイ君、ケイ君、ケイ君・・:
夏希はまだ気付いてはいなかったが、先ほどまであれほどまでに覚悟を決めていた自死のことは頭の片隅にも存在しなくなっていた。
もう一度、ケイ君に会いたい・・・
ただそれだけを願っていた。