中国語・英語・台湾語・マクロビのブログ

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英語は独学でTOEIC990点。中国語も独学。台湾人の嫁と結婚。翻訳記者を経て、現在は台北の不動産ファンド顧問会社の投資部門に勤務。趣味は読書。マクロビ実践10年。ブログは学習上のメモが中心です

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相驗死者遺體

向姓婦人

解剖室

他濃眉大眼、鼻子挺拔

選拔賽

山歌

客委會

安插

盯到冒血絲

講到口乾舌燥

刀口上

外国語の学び方には色々ある。
日本語と外国語の文章を照らし合わせて、日本語A=外国語Aという風に単語やフレーズ単位で覚えるのも一つは。イヤホン=耳機みたいに。

一方、日本語を除外して、外国語だけで覚える方法もある。耳機は耳機ととらえ、あのパーツを想起させるようにする。

私はどちからというと、後者の方が覚えやすいと思っている。というのも、日本語を介在しない分、直接的で、日本語を覚えなくてもいいから外国語がイメージとして頭に残る。

通訳する場合も、イメージが日本語にも外国語にもつながっていれば、どちらの言語からも適切な言葉を取り出せる。

何より、時間がない人にとって、日本語と比較して覚えるのは時間を取りすぎる。

これは、日本語でいうところのあれじゃないか?という想像力を働かせるプロセスも楽しいものだ。そうした豊かな想像力を磨いていけば、外国語もすぐに日本語に転換できると思う。
「彼は漫才師みたいな顔してるでしょ?」

今天公司的日本客人開玩笑地說了這句話。「彼」是另外一個日本客人。

要是你會怎麼翻譯?

「他長得像相聲演員吧?」

這樣翻沒錯,但台灣人應該不會知道笑點在哪裡,因為在台灣人的認知裡,並沒有相聲演員特有的長相。

如果有人說「她長得像明星」,你會知道她是有張明星臉的美女。大家對明星的長相都有共識。

這位日本客人想表達的,是「彼」看起來一點也不像明星,只能走搞笑風格的那種臉。

所以我是這樣口譯的。

「他長得像搞笑藝人」

我知道,這樣翻也很難讓台灣人知道笑點在哪裡,但我只能做到這裡。其實這位「彼」長得滿帥的。日本人應該知道台灣人不太會拿別人的長相開玩笑。而且可以「像搞笑藝人(或相聲演員)」的應該是動作,不是長相。

「彼は漫才師みたいな顔してるでしょ?」

今日、日本人のお客さんが冗談でこんなことを言った。彼とは別の日本人のお客さんのこと。

あなたならどう翻訳しますか?

「他長得像相聲演員吧?」

こう翻訳するのもありだと思うけど、台湾人は何か面白いのか分からないだろう。台湾人にとって、漫才師の特徴的な顔なんて分からない。

「彼女はスターみたい」といえば、彼女はスターみたいな顔をした美女と分かるでしょう。スターの顔はどういうものかみんなわかってるから。

お客さんが伝えたかったのは、「彼」がスターには程遠く、お笑い系でしか食べていけない、そういう顔のこと。

だから、私はこう通訳した。

「他長得像搞笑藝人」

もちろん、これでも台湾人には何が面白いのか分からない。でも通訳にできるのはここまで。というのも、彼はどちらかといえばかっこいいから。日本人は、台湾人があまり人の外見について冗談を言わないことを知った方がいい。それに台湾人にとってお笑い芸人っぽい、というのは、見た目よりむしろ動きや雰囲気だ。
死者の遺族にかける言葉

お悔やみ申し上げます。
どうぞお気を落とさないように。

に近いようです。dramaを見てて今日初めて知りました。こういうのは知らないとだめですね。
今天跟日本的合作企業進行電話會議,我們公司由台灣同事擔任口譯,我在旁邊做協助。

總覺得日本人廢話講太多,不會直接切入話題重點,超難為做口譯的。有時連我都聽不懂他們在說什麼,更遑論我的同事,根本霧煞煞。

這時候,我們唯一能做的,就是問,問到重點出來為止,才能做傳譯。

或許,做日語口譯最需要的是發揮想像力,彌補日本人發言所缺乏的邏輯,好讓聽眾有所了解。


今日は日本の提携企業との電話会議がありました。通訳は台湾人の同僚が務め、私はサポート役でした。

いつも思うのですが、日本人は無駄な話が多く、なかなか要点に触れません。通訳泣かせです。私ですら何を言ってるのか分からないときがあり、同僚は言わずもがなです。

こうなると、通訳するには要点を聞き出すしかありません。

また日本語の通訳では、想像力を働かせて日本人のロジックの欠如を補うことが一番大切かもしれません。
語学でインプットは、より良いアウトプットのために欠かせない。

インプットは読書やリスニングのこと。ただ、試験のリスニング問題の音声を聞くことは、アウトプット(話す、書く)のためのインプットと言えない。

私の勉強スタンスは、基本的にインプット中心。大量のインプットによって、アウトプットの質を変えることの繰り返しと言ってもいい。

しっかりとしたインプットは、アウトプットのための基礎であり、インプットで蓄積されたものか、膿のようにアウトプットとして排泄されるようなイメージ。口から言葉が出てくるというが、中に何もなければ出てこない。

外国語で書かれた本を読むことには、語学の面でどういった効果があるのだろうか。

私は二十歳から活字中毒になり、日本にいたときは日本語だろうが英語だろうが片っ端から気に入った本や雑誌を読みました。新聞はもちろん、タイム誌や小説、実用書など、ジャンルは問わず、英語の本は五百冊以上は読んだかなと思います。

今は台湾にいて、仕事でも中国語ばかりなので、英語の本は読みません。そのかわり、中国語の本を年間五十冊は読んでます。もっと読みたいのですが、いわゆる黙読だけに充てられる時間が少ないのです。

原書を読む効用は、何と言っても外国語で概念を理解することと、語感を養えることだろう。ボキャブラリーも自然に増えるので、リスニングやスピーキングにも役立つ。

私は今、中国語で財務諸表に関する本を読んでいますが、中国語で知っている言葉で日本語で何と言うかしらないものが沢山ある。通訳であれば日本語も知っておく必要があるが、今はむしろ中国語で理解し中国語で説明できる力を養うことに集中している。

また、多読と精読、速読など、読み方も様々だ。音読もある。それぞれの使い方も知っておく必要があるでしょう。

人呢?

他人在日本啊。

人逃逸了。

中国語の「人」を使いこなせる人は、中国語のセンスがかなりあると思う。というのも使い方を説明できないから(私には)。

何となくは分かります。ネイティブの妻に聞いたら、他者が遠く離れた目に見えないような場所にいることを強調しているそうです。私はこれに加え、物理的にある空間に存在しているという意識が働いているように思う。

同じように、「人家」も不思議だ。

人家的好意などと使うが、別人と何か違うのか、知ってますか?

ちなみに、女性が自分のことを人家というのを聞くと可愛いと思うのは私が日本人だからだろうか。
「愛不愛的都是其次,相處不累才是最重要的」

「愛し合ってるかどうかは二の次。一緒にいて疲れないのが一番大事。」

(・∀・)(・∀・)(・∀・)(・∀・)

最近看到這句話,覺得非常好用。

現在,當我老婆問我「你愛我嗎?」時(已經被問過N億次),我只要用這句話就可以過關了(*´ω`*)

(※妻のことはちゃんと愛してますから変な心配しないでくださいね)