続き。


ということで、旦那と友達2人とStadiumの受付で招待券を頂き、4階にあるクラブにエレベーターに乗って向かう。

このクラブ、知り合いに危ないから近づかない方が良いっていわれてたのは、いろんな理由から。


理由の1つ目。
さすが東南アジア!って感じなんだけど、
インドネシアの大型クラブってだいたいが風俗とカラオケと併設されてて、スタジアムも同じく。
本番ありの風俗ね。表向きは一応マッサージルームってなってるけど、健全なマッサージ目的でここに来る人はいませんw

4階にもたくさん露出の高い女の子がたくさんいて、もちろん交渉してその女の子を買う事ができるのだ。
で、交渉したら3階のマッサージルームでむにゃむにゃしてもらったり、カラオケでむにゃむにゃしてもらったり、なのだ。


理由2つ目。
インドネシアは貧富の差が激しいんだけど、Stadiumのお客様のメインターゲットは中流階級の人たち。

前回の日記で紹介したX2、Bibilioteque、Kampusは完全に上流階級の人をターゲットとしたクラブだから、クラブ内も綺麗に掃除されているし、トレイも清潔。
その代わりエントランスもそれなりにするし、お酒も高いし、カジュアルな格好をすると入れてもらえないこともある。
X2なんて、女の子は綺麗なドレス着ててもハイヒール履いてないと入れてもらえないし、男も襟がないシャツを来ていると入場お断りになったりする。

Stadiumはそういうバカな決まりがなくて、Tシャツにジーンズにサンダルなんて格好でも入れて、誰もウェルカムなのはいいのだけど、ちょっと汚いし、クラブの中にいる人もちょっと汗臭いな~なんて思う人もいる。
トイレも綺麗とはいい難い。

だから、私のお友達のおぼっちゃま、お嬢様方は、こんな所来たくない!っていう人が多いのだダウン
ま、クラブなんて、私みたいに音目的で行く人もいれば、ナンパ目的、社交目的で行く人それぞれだから、そんなもんだ。


理由3つ目。
営業時間とクラブの中での違法薬物の販売。

Stadiumの営業時間は平日は夜10時~翌日朝11時までなんだけど、週末は閉まらないで土曜の夜10時~月曜朝11時まで営業している。平日も満員御礼らしいけど、土曜日の混みようは凄い!
メインフロアは3000人以上入ると思うけど、踊るスペースがないくらいに満員になる。

2階、3階にもサイドルームや、2階や別館にはカラオケと称した小さいプライベートルームもあるから、一体週末になると一晩に何人くらいクラブの建物中にいるのかはかなり疑問であるw

なんで36時間営業しても人がいるかっていうと、それはこのクラブに来る人の大半がエクスタシーをやっているから。

そして驚く事にクラブ内でも販売されてる。ウェイターさんやバーテンダーさんから買えちゃうのだ。

もちろん日本と同じく、インドネシアでもエクスタシーは法律で禁止されている。
でも、インドネシアって警察が賄賂で簡単に動いてしまう国でもあるので、クラブ側がキチンと警察にお金払ってれば、クラブ内で何が行われてるか知ってても乗り込んで来ない。
なので、こんな無法地帯になっているのだ。

金曜日の朝11時~土曜の夜10時までは閉まってしまうけど、その間カラオケと称したプライベートルームは開いているので、そこで休んだりシャワー浴びたり(シャワーが付いてる部屋もあるw)できるので、金曜から日曜までクラブから出て来ないっていう人もかなりいるらしい。(というかDJの友達の何人かが、昔そういう生活をしていた、と言っていたw)


まあ、そんな感じなのだ。これを聞いても別に私は怖いとも思わなかったのはアメリカにいたからかな。

アメリカのレイブもトイレ汚かったし、客層も違法薬物とってる人が多いから、ぶっ飛んでる人いっぱいいた。
さすがに風俗は驚いたけど、実際このクラブに通いだして思ったのは、かえって男が素人の女の子にナンパしないから、女にとっては実は悪くない場所なのかも?って思わされた。


次の日記に続く。


お久しぶりのブログです。

気づいたらなんと12月!!!!
11月はギグ→食中毒→ギグ→風邪ってな感じであっという間に過ぎていきました。

2キロ痩せて、なんかあばらも見えててきもい。


なぜか、ブログ始めてから私の今住んでる国名を隠してきたんだけど、
隠す必要性がないことに気づきました。(遅)


私は今、インドネシアに住んでいます!クラッカー

インドネシアと言えば、何が有名なんだろう?

人口世界第4位。
デビ夫人の元嫁ぎ先。
バリ島。

これくらいかしら?
私も今の旦那と会うまで、インドネシアなんてどんな国なんだか全然知らなかった。
というか、日本人の観光地として有名なバリ島がインドネシアに属することさえも知らなかったデス。


最初にインドネシアに来たのは2008年。
旦那と2006年の秋に出会って、2008年の夏にお互いの両親に紹介&地元訪問ということで
アメリカから日本とインドネシアに2週間ずつ旅行(里帰り)しました。


私のインドネシアの第一印象。

「最悪。」

まず、ジャカルタの国際空港に降り立ち、空港の汚さに唖然。
トイレ行きたいけど、空港のトイレが汚すぎて入れなかった。

空港の外に出ると、熱帯特有のムっとした熱気、そして青空が見えないくらいのスモッグ。


そしてそこから車で3時間かけて、あるショッピングモールへ旦那のおじいちゃん、おばあちゃんと食事へ行くことに。

実際40分あれば着く所なんだけど、渋滞が酷くて酷くて、そして赤信号で止まると、子供を含めた物乞いが車の窓に近づいて来る。


建物も、新しい綺麗なマンションやションピングモールもあるけれど、それはごく一部でだいたいの民家はカビとか排気ガスで黒くなってしまっていて、すごく汚かった。


1週間ジャカルタにいたけど、フルーツを食べること以外で何も好きになれなくて、
これは絶対にインドネシアに移住する日はないだろう、と思った。


旦那はインドネシア出身のインドネシア人だけど、アメリカ市民権も持ってたので、
結婚する事になったらアメリカに住めばよかったので、私がインドネシアを好きになれないことは特に問題ではなかった。



が、まあ、色々あって2010年9月に旦那とインドネシアに引越して結婚することになったんですがね!(笑)
色々あったことは、また今度他の日記で書こうと思います。


インドネシアに引越してから、まず何をしたかというと、クラブ巡り。
一応アメリカでもDJしてたから、続けたいと思って、ジャカルタのクラブはどんな感じなのかを見に行った。

アメリカから移住する前に、大ファンでもあるけど、嬉しいことに友達としても仲良くしてくれていたDJ, John 00 Flemingが「インドネシアに引越したら、この人を訪ねてみて。きっとBioCatのインドネシアDJ生活を助けてくれると思う。」とある人を紹介してくれた。


会ってから知ったのだけれど、その人はインドネシアで2年くらい前までプロモーターをしていたようで、もうプロモーターはしていないし、クラブにも顔出さないけれど、知り合いもいるし、クラブにも顔が効くから、できるだけなんとかしてみよう、と言って、助けてくれることに。


そして3カ所のクラブに連れて行ってくれた。


最初に行ったクラブはX2っていう所。

トランス・ハウス系の有名どころのDJがインドネシアに来ると大体がここでのギグみたいだった。
ここ1年で来た有名所は、、
John O'Callaghan, Moonbeam, Thrillseakers, Deparche Mode, などなど。
もっと有名な人も来てる気がするけど、忘れた。

大学生になったばかりかな?くらいの20歳前後のおぼっちゃま、お嬢様たちが、ボトルサービス付きのソファーを買って、若い飲み方してる、って感じのクラブだった。

友達がオーナーとマネージャーを紹介してくれたので、とりあえず挨拶して、一緒にお酒飲んでみた。
とても綺麗なクラブだけど、なんとなく私の好きなクラブではない。


次に行ったクラブはBibiliotequeっていう所。

高級感あふれるクラブで、とてもインテリアに凝ったラウンジ系のクラブ。
実際お酒も高い。
その日はハウス系のイベントで、私の好きな音ではなかったけど、スピーカーからの音質はかなり良くてこんな所で回せたら嬉しいな~なんて思った。
ここでもオーナーとプロモーターの人やレジデントDJに紹介してもらって、挨拶してお酒飲んで終わり。


で、最後に連れて行ってくれたクラブはKampusっていう所。

ここは最初に行った時から大好きになった。ニコニコ
40階建ての円柱の形してるビルの最上階2階分&屋上を使ったクラブで、窓が全てガラス張りでジャカルタの(しょぼいけど)夜景が一望できる。
高級感あふれてるのも素敵だと思うけど、何が良いって、音が!!!

私、自分の本当に好きで回したいジャンルはTribal Progressive House / Progressive Tranceっていうジャンルなんだけど、
アメリカにいた時はそういうジャンルは流行ってなかったので、一番音が近いだろうな、と思われるProgressive Psy Tranceを回していた。というか、回さざるを得なかった、ってやつね。

でも、ここのクラブで流れてる音、自分がずっと回したかった音にかなり近い。
私もこんな所でDJしたい!!!!!って思う。

そして友達に「ここでDJするにはどうしたらいいのかな?」と聞くと、

「ここはKampusっていうクラブだけど、ジャカルタで一番大きいクラブ、Stadiumっていう所の姉妹店なんだ。だからそこのボスと話さなくちゃならない。」


Stadium, 名前は聞いた事あるけど、知り合いにはあまり近寄らない方がいい、って言われたクラブだ。。

「2週間後にそこで13周年記念イベントがあるから、ボスに話して招待券を手に入れておくよ。
ボスにBioCatのこと話しておくからね。」


2週間後、友達は結局来れなかったのだけれど、招待券はとってくれて、友達と4人で行ってみることにした。


長くなるのでパート2に続く。


復活!!!!!!メラメラメラメラ


いやーさすがにこれだけ寝りゃ復活しますね。

週末の前、風邪気味かな~って思ってたのもあるから、きっとそれで異常にだるかったんだ。


誰にも聞かれてないけど、これが私のDJに対するコンセプトです、っていうのを今日は日記にしたいと思います。


前にも書いたけど、私、高校卒業するまでお花畑で生活していたので、悪いこと何も知りませんでした。

小学校から高校まで一貫教育で、(国立だったから別にお金持ちでなくでも行ける学校です)
持ち前の強運で小学校受験に受かってしまい、それからのんびりと高校まで行って卒業しました。

小学校からの子たちはお嬢様、おぼっちゃまが多くて、
中学、高校からと外部から入ってくる子はきちんと塾に通って偏差値70くらいある子とかだったので、お前は宇宙人か!ってくらい頭良い。


というか、本人じゃなくて、親がしっかりしてる人たちだったんだよね。
だから、子供もきちんと育つ。

だから、たいしたイジメも無かったし、暴力事件なんてまさか無かった。
バイトしてる子もほとんどいなかったし、学校以外の生活っていったら塾くらいで、
塾でだってトップクラスにいるから同じような環境で育っている子ばかりで、
だからみーんな超純粋で、外の汚い世界を知らないで生きている子ばかりでした。

タバコ吸わなかったし、お酒も飲まなかったし、そういう事に誘われる事もなかった。
今でも思うけど、本当にいいクラスメートに囲まれてそだった12年間だったな。

さすがにお酒は高校卒業してから飲むようになったけど、
今でもタバコは一度も吸った事ない。

タバコってさ、最初美味しいって思って吸う人なんていないと思うんだよ。
ただ、友達が吸ってるのがカッコいいから、とか、そういうくだらない理由で何本か吸って、
いつのまにか離れられない存在になってしまった、みたいな。

だから、高校の時にそういう友達がいなくて良かったな、って本当に思う。


でも、高校卒業して、留学して、自分の世界の狭さに驚いたよ。

たしかクラスの半数が現役なり留年なりで東大行ったけど、今みんなはどんな世界で生きているんだろうと、時々不安になる。


ま、そんな話はさておき、そんな中で育った私、その中でも超地味な方だった私、DJになった今だってそんな変わりません!(爆)

垢抜けたね、とは言われるけど、やっぱりギャルみたいな感じじゃない。

この間友達のミクシーに「高校の時地味な印象だった○○さんが海外でDJやってるらしい。人って変わるものだね。」とかつぶやいてて、(たまたま自分のウェブサイトのアクセス解析でリンク元に飛べて見つけた。)苦笑してしまいました。


今でも、私は超美人とかではないし、初めて会った人に職業は何してるの?って言われてDJです、って言っても「え~~~~~?全然見えない!」って言われるのがオチ。


でも、私はそんなギャップが好きだし、普通の女の子だって努力すれば何でもなれるんだよ、っていうのを見せてあげたい。

私はDJ始めたのって22歳の時で、DJ始めるには結構遅い年齢だと思う。(デビューは24歳の時)


この間、DJの友達にこんなこと言われた。
「BioCatってDJしてない時ってむっちゃ普通の女の子なのに、DJブース入った途端に見せるオーラが凄い。」

DJやってて言われて、一番嬉しい言葉の一つだった。


いつかそんな私を見て、「あ、私もDJやってみたいな、私でもDJ出来るカナ?」っていう女の子が増えるといいなラブラブなんて思っていますニコニコ

それが私のコンセプトです音譜