まず初めに…
読者登録してくださった方々
本当にありがとうございます。

私はこれからも、このblogに
自分自身を、周囲の人々を、日々の出来事を、過去と今と未来を
私なりに見つめて
私が感じた“生”を
どこまでも素直に書いていくつもりです。

あまり器用な方ではありませんし
主観的な内容も多くなりますが
どうぞこれからもよろしくお願いします。

★………★………★


月と甘い涙

charaさんが歌うこの不思議な曲は
私のお気に入りの一つです。

歌詞の意味は
全く理解できていないのですが
どことなくおとぎ話ちっくで
この世界観が心の真ん中に
すっぽりとはまってくれるんです。

私がこの曲と初めて出会ったのは
初めて人を、そして自分を愛するということを
知ったときでした。

その方と私が一緒にいれる時間には
3か月という期限がついていて
今思えばそういう状況だからこそ
どこか地に足がついていなかったのかもしれません。

初めて相手の香りが残る体を
洗えなくなりました。

初めて心の底から
誰かとさよならをしたくないと思いました。

初めて
今まで自分を大切にしてこなかったことを
心から恥ずかしく思いました。

初めて誰かと離れ離れになって
起き上がれなくなりました。

初めて
自分の選択が招いた結果を
真正面から受け止めました。


彼が遠くに行ってしまって1か月ほどたった日のこと。
charaさんの楽曲を全てMP3に落として
彼と手をつないで歩いた道を
一人で歩いていたとき
この曲が初めて再生されました。

連続性のない言葉たちが
charaさんの
甘く切ない声で
メロディーに広がり

それは思わず足を止めてしまう程
声にださず叫んでしまうほど
私を優しく優しく包んでくれました


不思議なものですね
今でもこの
月と甘い涙
を聞くと
あのときの匂いが
あのときの風が
周りの風景が
音が
よみがえってくる気がします。

今でも
この曲の歌詞の意味はまったく分からないのに
それでも
私はこの曲が
本当に大好きです。

私にとって涙は
心のバロメーターです。

21にもなってボロボロ泣いてばかりなのも
おかしいと思いますが
私は涙が出るまで自分の気持ちがわからない事がよくあります。


頼りがいがある、根性があると周囲に言われることもありますが
涙が出るまで
体や心理方面の不調に気づかず
状態を悪化させているときもあります。


私は9歳で
初めて引っ越しを経験したときからなぜか
もうこの大切な人たちと
二度と会えなくなるんだと
心のどこかで
常にさよならの準備を始める癖がついていたと思います。

初めて引っ越しをした年から今まで
数えきれないくらい引っ越しをしてきました。



一つの場所に長くはとどまらず
そこで出会った人との縁を
何かの区切りにすっぱり切って
新しい場所で一から友達を作り直すのが
私の中での当たり前になっていました。

だから
大学を選ぶとき高校のある県から離れた場所にしたのも
私にとっては当たり前の選択でした。

当然同窓会で集まる意味も
私にはあまりにも理解ができず

“過去”の人たちから連絡が来るたびに
苦痛で仕方がありませんでした。

成人式の日
親にむりやり同窓会会場に行かされた私は
帰宅後ひどいセリフを両親にぶちまけました。

なんで過去の人々と今更会わなくちゃいけないの?
私がつらい時さみしい時何も気づいてくれなかったくせに

って。

それから
両親の反対を押し切る形で
留学をし
そこで
今まで自分に全く関心がなかった私を
私自身より大切にしてくれる人たちに出会いました。

たくさんの歌を教えてくれて
手をつないでくれて
私が笑顔になるために 全力で走ってきてくれる
そんな人たちでした。

私は中国で
たくさんの涙を知りました

人をいとしく思う涙
人を恋しく思う涙
人を大切にしたいと思う涙
自分の責任の重さにつぶれそうになる涙
申し訳なさであふれる涙

親がなぜ成人式のあの日
嫌がる私をむりやり同窓会へ連れて行ったのか
どんな気持ちで“過去”の友達が
私に連絡をくれ続けているのか
一度出会った人と“縁をきる”ことが
どれだけ悲しいことなのか
私は中国で過ごしたあの1年間で
自分の幼さ、臆病さ、無力さ
多くのことを知ることができました。



★………★………★

なぜ今日こんな内容を書いたのかというと
今朝私は泣きながら目をさましたからです。

私は夢の中で、大好きだと昔は認められなかったたくさんの人に
囲まれていました。
初恋の男の子
中学時代の親友
大学の友達
バイト先の先輩
留学先で知り合った各国のみんな

みんな私が最後に見た姿のままだったから
中には小学生の子もいました。

私は2度と彼らと会えないと思っていたから
夢の中で本当に幸せをかみしめていました。

彼らにもう一度会って
一人ひとりを抱きしめたいと思いました。
心の底から
一人ひとりが愛しくてたまらなくて
そのきもちが溢れるだけ
涙が流れ続けました。


ずっと上を向いてきたつもりで
私のこころの中には
9歳の私がずっと足をかかえていたのかもしれません。

私は強がっていただけで
実は幼いころから
何も強くなどなっていなかったのかもしれません。


今は
今日夢でみた一人一人に
実際にいつか会うために
そして
いかに自分にとって大切な存在なのか
伝えるために
できることをやるのみです。


長々と読んでくださり
ありがとうございました。






みなさんこんばんは


みなさんはブログとは別に日記というもの書くでしょうか。
私は幼いころから書く習慣があります。

日記帳をつくるうえでも
いつの頃からかマイルールが出来上がってて。

新しい日記帳の一番最後のページには
大事な友達一人から一言を書いてもらう
そんな習慣がついていました。
そしてその最後のページは
極力日記帳を使い終わるまで
見ないようにするのです。

私は転勤族の長女として生まれ
引っ越しや転校を数えきれないほどしてきました。

そのうえ
昔はかなりの人見知りで不器用。
愛想笑いもなかなかできないため
友達をつくることがなかなかできずにいました。

だから一冊の日記帳を書き上げ
後ろのメッセージを見るころには
もうその友達とは会えない状況になっていることもあって。

そういう状況でみる友達からのメッセージは
書いた当時と時差があることも合わせて
私にとってはこれ以上になく
胸をほっこりさせる贈り物だったりするのです。

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現在の私は
人見知りは減りましたが
異性の友達をつくるのはやっぱり苦手で
あがり症はあいかわらず。

人前であがりやすい性格を
意識すれば意識するほど
余計に頭が真っ白でなってしまうから
たちが悪い。

そんな私だからこそ
恋をしているときに書く日記は
高ぶる気持ちをなだめたり
励ましたり
くよくよしてみたり
悟りをひらいてみたり。

その日の出来事に関係なく書いているのですから
後になってみれば
とても見れたものではありません(笑)

今は…やっぱり恋しています。
でももう成人したので
恋や一時の感情に流されないよう
自分を奮い立たせる内容が多いですね。


日記は常に自分を正直にさせてくれます。
周囲に流されやすい性質だからこそ
日記はやめられない。

みなさんも
日記をぜひ書いてみませんか。