今から12年前、英語の習得とボランティアができる留学先を
考えていた私に、その頃知り合った夫-寅次郎が
インド留学を薦めてくれた。
共にインドに留学し、寅次郎は2年間、私は1年間の留学生活を送った。
日本とは、文化も習慣も両極な部分があるインドでの留学生活は、
将来への期待と不安を抱えながら、進むべき道を模索していた
私たちの価値観を覆されることの連続で、自分たちが
当たり前だと思っていた価値観に大きな疑問を投げかけた。
留学を終えて日本で国際交流の職に就いた寅次郎は
インド赴任を希望し、結婚して2年が経った2011年8月、
念願叶っての赴任となった。
留学時代の経験から、インドに赴任したら
子供の教育支援をしたいと考えていた。
学生の頃から世話になっていた友人のラメシュさんに相談し、
ラメシュさんの生まれ故郷の村から、デリーで勉強がしたいと言う
男の子・モヌが、2012年5月、わが家にやって来たのだった。
今まで起こった様々なことについてはブログに書き溜めてきたので
詳細は端折るが(詳しくは「モヌ」のテーマを参照)、
モヌはわが家で約1年半生活を共にした後、
ボーディングスクール(寮付きの学校)に転校した。
私自身、頻繁に連絡を取ることの弊害を恐れて
なかなか連絡が取れずにいたが、約2年経ってから
ようやく彼と電話で話すようになった。
「ディディ(私のこと。ヒンディー語で「お姉さん」の意)や、
ナンドゥ、チャンドゥ(誠一郎・雄二郎)に会いたい。
デリーに行きたい。」
と電話の度に言っていたモヌ。
喉に刺さった骨のように、インド生活でやり残した宿題の一つが
大きく開いてしまった彼との溝を埋めることだった。
それに、帰任してからも彼が高校を卒業するまでの支援継続を決めたので、
これから彼が前向きに勉強に取り組めるようにするためにも、
ちゃんと会わなければいけないと思っていた。
そしてモヌの学校が夏休みの今月、デリーに来ることになり、
ついにこの前の日曜の夜、わが家で2年半ぶりの再会を果たした。
2年半前は、身長140cmほどの小柄な男の子だったモヌ。
今では私の身長を優に追い越し、170cmに迫るほどになっていた。
(寅次郎、背伸びしても時間の問題ですな
)
私にとっては緊張の瞬間だった再会も、心身ともに成長し、
落ち着いた様子のモヌを見て、少し気持ちがほぐれた。
モヌがわが家にいた頃は、彼の学業への責任も感じていたから、
やたらと勉強の時間に厳しくしていたし、生活習慣についても
口うるさく言ったりしていた。
それから私も自分の子供を育てる中で、「こうあるべき」では
子供はいい方向に育たないこと、難しくても、子供を信じて
見守ることの大切さを知った。
むしろ親になってみて、子供には意外と大らかでいられる自分自身に
気が付くことも多い。
そんなとき、モヌに厳しくしていた自分を思い出しては後悔に駆られた。
親の気持ちを本当に知らずして、自分がしようとしていたことの
無謀さを思い知った。
だから今回モヌがわが家で過ごしている間は、
何をするのも彼の自由、干渉しないと心に決めた。
いずれにしても私たちは支援の継続を決めたのだから、
勉強するもしないも、あとは彼次第。
「今年でもう16歳になるのだから、何をするべきかは
自分で考えられるはず」と、彼を信じようと。
そんなわけで、わが家に来てからは、宿題をやりつつも、
友達に会ったりテレビを見たり、ゆっくりと過ごしているモヌ。
子供たちがスクールから帰ると
子守役になってくれるので、助かっている。
今回の滞在で、彼が今後の学業への英気を養ってくれれば何より。
今週末まで滞在予定のモヌ。
また続報はブログにて・・![]()






