45分。
いつも そうだ。
毎日、毎日決まって彼女は45分で化粧直しに行く。
彼女は2ヶ月前、この会社に派遣されてきた。
入ってきた当初は「どうして芸能界に入らないのか」と思う程の
美しさを持つ彼女に、ただ釘付けになっていたものだ。
先週辺りにやっと気付いた彼女の「きまりごと」
意外に気付いている人はいない。
私だけの秘密・・・
目立たない私のささやかな発見だった。
遠藤 加奈子。
彼女は21歳。
モデル並みのプロポーションと顔立ち。
喋り方には色気もある。
私は密かに彼女の監視を続けた。
それから一週間後。
同僚から飲み会の誘いがきた。
私は素早く条件を提示する。
同僚の飲み代を払う。
その代わりに加奈子を連れてくる事・・・と。
彼は快諾した。
話がわかる男だ。
仕事が終わり、同僚が予約した居酒屋へ全員で向かう。
その中には彼女もいた。
誘う時の様子を見ていたが、断る彼女を半ば強制的に
連れて来た同僚がたのもしく見えた。
こういう強引さが営業には必要なのだろうか・・・。
そんなくだらない事を考えている内に目的地に着いた。
奥の座敷に通され、全員が自由に席に着く。
彼女は私が座っている側の一番端だ・・・。
せめて様子が伺える反対側に行くべきだったな・・・。
いつの間にかビールが注文され、私の前に置かれた。
(ああ、チューハイがよかったのに・・・)
宴会部長の仕業だ。
よほど早く飲み始めたいらしい。
彼の掛け声と共にビールが胃の中に収まっていく。
宴会といえばこの時期は鍋が多い。
店側もてっとりばやいのだろう。
この微妙な遠慮感を保ちながら食べる鍋とういのがまた良い。
わざわざ箸をひっくり返してよそう人もいれば、
人の配分を見ながら食べる人もいる。
・・・私は観察が趣味なのだろうか?
気が付くと加奈子の姿が消えている。
そういえば彼女が最後に化粧直しに行ってから45分だ・・・。
飲み会に来てまで正確な間隔を保っているのか。
そうこうしている内に私は少し酔ったようだ。
いつもより多く話しをしている自分に気が付く。
酔うといつもそうだ。
普段は無口な方なのだが、酒が入るとこうなる。
喋り上戸ってやつか。
まぁ、周りの人間に迷惑はかけてないから良いか。
水分を採ると人間の体というものは排泄を促すものだ。
少々ふらつく足に力をいれてトイレに向かう。
ふと見ると彼女がいない。
45分か・・・。
トイレの入り口で何かにぶつかった。
その拍子に私は尻餅をついてしまった。
・・・目の前には・・・加奈子だ。
「いてて、ごめんね。少し酔ったみたいで・・・」
彼女は先ほどの接触でバックを落としてしまったようだ。
中身が飛び出してしまっている。
ファンデーションの粉だろうか。
割れて地面に飛び散っている。
コンパクトの鏡も割れてしまったようだ。
それを見た瞬間、彼女の顔色がみるみる真っ青になっていくのが見えた。
一瞬私を睨みつけ、バックを拾い上げたかと思うと一目散に店の外へ走って行ってしまった。
「まずい、謝らなくては・・・」
そう思った私は夢中で加奈子の後を追った。
同僚からの情報によると、彼女の家は青葉町方面だ。
ここからそう遠い距離ではない。
必死で彼女を探す。
どのくらい時間が経ったのだろう。
諦めかけた時、人気のない公園に彼女はいた。
この距離から顔は判らないが、服装で彼女と判断した。
私は何故か嬉しくなり、小走りに近づいて行く。
声をかけようと思った瞬間、彼女は悲鳴を上げて倒れこんでしまった。
彼女の前に何か黒いものが見える・・・。
男・・・だろうか。
何だかそいつの周りだけ空間がぼやけている。
加奈子がうめき声をあげながら必死に同じ言葉を繰り返している。
「返して・・・返して・・・」
全身を黒で覆われたその人物は手に何かを持っていた。
顔?
どう見ても加奈子の顔だ。
何故?
「遠藤さん!」
彼女の事が心配になり、駆け寄る。
黒い人物は一言だけ
「時は過ぎた・・」
と言い残し、その場から消えて行った。
何なんだ今のは?
まるでイリュージョンを見ているように「パッ」と消えてしまった。
加奈子に視線を戻すと、いつの間にか立ち上がっている。
「大丈夫かい、遠藤さん?」
「・・・まえ・・・せ・・・だ・・・」
「え?」
聞き取れない程の小さな声で彼女はつぶやいた。
「おま・・・え・・・の・・・せい・・・だ・・・」
「お前のせいだ!お前の・・・!」
彼女の顔を見た瞬間、私は凍りついた。
顔がない・・・。
たぶん私はこのままだと殺される・・・。
私は一目散に逃げた。
何処をどうやって逃げ帰ったのかも思い出せないほど必死だった。
翌日・・・。
彼女は職場に現れなかった・・・
次の日も
また次の日も
彼女は来なかった。
同僚の間では私が何かしたんじゃないかという噂も流れた。
冗談半分だが。
確かに私が「何か」したのだろう。
恐らくはあのファンデーションの粉みたいなもの・・・。
黒い人物と顔なしの遠藤さん。
「時」とは・・・。
酔っていた影響なのか・・・。
現実に起こった事なのか。
あれが本当に「遠藤 加奈子」だったのか。
それは判らない。
ただ今は、
あの「遠藤 加奈子」と思われる人物がいつか目の前に現れるのではないか。
そして襲われるのではないか。
日々不安に襲われながら、私は今日もまだ生きている・・・。
