植原ジュニア。国家ボブズの永久総理大臣のブログ。えっ嘘!?は魔法の言葉。マイナスな事に対して不信心。心と現実、軽くします。

植原ジュニア。国家ボブズの永久総理大臣のブログ。えっ嘘!?は魔法の言葉。マイナスな事に対して不信心。心と現実、軽くします。

『2009年に消え2022年に蘇った男』こと植原ジュニアです。僕はアニメオタク、vtuberオタク。僕はワンピースの麦わら海賊団の一員。えっ嘘!?は魔法の言葉。皆さん、僕の事を意識の中で受け入れ続けて思い続けてください。僕は国家ボブズの永久総理大臣&僕の神社の神主です。

『皆さんにとっての朝のオレンジジュース』『2009年に消え2022年に蘇った男』こと植原ジュニアです。僕はアニメオタクでありvtuberオタクでもあります。どうぞよろしく。政治なんかにもほんの少し関心があります(笑)。どうぞよろしく。僕はワンピースの麦わら海賊団の一員でもあります。ちなみに。えっ嘘!?は魔法の言葉です。皆さん、僕の事を意識の中で受け入れ続けて思い続けてください。
僕は植原ジュニア神社&植原ジュニア第二神社の神主でもあります。
ちなみに僕は国家ボブズという国家の永久総理大臣でもあります(つまり僕は一国の長でもあるというわけです)。
①僕は有名な小説の主人公でもあり②自らの化身を神として祀っている神社の神主でもあり③自らブログまでしている人物であり④一国の長でもあるという事です。皆さん、これからも僕の事をよろしくお願いしますね。
僕は皆さんにとっての当たり前、普通、適切です。
覚悟=受容。皆さん、僕を応援する覚悟(受容)をしてください。
ほ(本音、本心は現実化すると理解する事)+
ね(心の中にある願い事が叶わなかったらどうしようという
不安を除去する)=願い事が叶う。本音、本心は現実化する。
願い事に対する恐怖や不安や執着心に潜む本音や本心は、
願い事が叶わなかったらどうしようという不安。
なので心の中にある願い事が叶わなかったらどうしよう
という不安を除去すれば願い事は叶う。本音、本心の部分で思っていた願い事が叶わなかったら
どうしようという不安が願い事は叶って当たり前というものへと変化するからだ。
物事が実現する可能性は常に1から100。
物事の結果は1から100まで。0から100ではない。
1から100までである。
なので生きている限り希望はある。
挑戦して失敗してもそれは意味のある失敗。
例え結果が0のように見えても本当は必ず1はある。
僕は何度でも言おう。
物事が実現する可能性は常に1から100である。
物事の結果は1から100までである。0から100ではない。

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虎杖悠仁「絶対に見に来いよ」伏黒恵「絶対だ」釘崎野薔薇「楽しいからね」五条悟「その通りさ」

植原ジュニア「自分も他者も出来事も世の中も。
全ては自分の心の働きによる結果が
映し出される鏡に他ならない。
心の働きとは。心の中で行われる事。すなわち思う事、感じる事、意識する事、などの事である。
心の中で思い続けた事は必ず現実化する。
心の中で感じ続けた事は必ず現実化する。
イメージし続けた事は必ず現実化する。
意識し続けた事は必ず現実化する。
何故なら自分も他社も出来事も世の中も
全ては自分の心の働きによる結果が
映し出される鏡に他ならないからである。
一生懸命に作成した物は、他者や世の中から評価される。
何故なら自分も他者も出来事も世の中も
全ては自分の心の働きによる結果が
映し出される鏡に他ならないからである。
世の中や他者のためにより良い結果を祈るならば
世の中や他者からより良い結果を得るであろう。
世の中や他者の為に不幸を祈るならば
世の中や他者から不幸が、もたらされるであろう。
何故なら世の中も他者も出来事も自分の心の働きによる結果が
映し出される鏡に他ならないからである。
人は心の働きによって病気になったり健康になったりもする。
何故なら自分は自分の心の働きによる結果を映し出す鏡に他ならないからである。
自分も他者も出来事も世の中も自分の心の働きによる結果が映し出される鏡に他ならない。
お金持ちはお金を望む。
貧乏な人は貧乏を望む。
ゆえにお金持ちは貧乏になる事が無い。
ゆえに貧乏な人は貧乏なままである。
何故なら自分も他者も出来事も世の中も
自分の心の働きによる結果を映し出す鏡に他ならないからである」

 

ビックボブ君「心の清い奴、心の善い奴にとってこの世は天国だもんな。

一方で心の悪い奴。心が穢れている奴にとってこの世は地獄だ」

クラウドハヤト「人生で幸せな時代の時は。いつだって、心が清らかで豊かで幸せだった時だなあ。確かに。思い返してみると!」

愛佳「それはそうかもね」

イシワスム「そうかあ」

言葉を喋らずとも願いを叶え学生生活を乗り越える。第十三話『十日目』。
シュウsp「山を登るのは大変だな。疲れるぜ」
六角先生「お前ら。頑張れ。まだ歩くぞ」
ビックボブ君「ぐははあ。疲れてきたぜ。さすがの俺も」
植原ジュニア「(もう少しだ。何となくだが。そう思う)」
六角先生「ようし。山の頂上に着いたぞ」
シュウsp「やっほ~!……おお。聞こえるぞ。やまびこが」
植原ジュニア「(ど、どうしよう。僕もやりたいな。やまびこ)」
ビックボブ君「てめえには出来ねえか。植原ジュニア。がはは」
植原ジュニア「(心の中で叫んでやる。やっほ~!)」
シュウsp「あ?何だ。この声は。誰か叫んだか?」
ビックボブ君「いいや、誰も。だがそれなのに。やまびこがあるなんてな」
植原ジュニア「(やりぃ。やったぜ。皆は驚いているけれど。でも、まあ僕にとっては。必然という感覚の方が強いんだけどね。声を出さずとも。やまびこを発生させる事は出来るのだよ。あはは)」
 

 


植原ジュニア「始まりました。植原ジュニアの摩訶不思議。番組の尺が五分しかないという事で。
僕の苦手な熱湯風呂にチャレンジしたいと思います。
自分の意識の中で熱湯風呂が得意な自分と意識の中で一体になります。
……出来ました。では、入ります。
……うん。平気。今のところは。
次に僕の苦手なピーマンを。たくさん食べてみようと思います。
自分の意識の中でピーマンが得意な自分と一体になってっと。
よし、出来ました。では、食べます。
うん、大丈夫。全然、いける。美味しい。
いやあすごいなあ。パラレルワールドに自分は確かに存在しているんだなあ。
このようにね。自分の意識の中で理想の自分をイメージしてそしてその
自分と一体になり続ければ。願い事は叶うのです。パラレルワールドは無限大の数あって
そのどれもに自分は存在しているんです、是非、皆さん。意識の中で理想の自分と一体になる
という事をお試しくださいね。以上、植原ジュニアの摩訶不思議でした。次回も見てね」

 

 


植原ジュニア「今日は癒しのお話という事でね。
社会での自分とプライベートでの自分はハッキリと
区別して人生を生きていこうというお話を今日はします。
インターネットのおかげでプライベートにおいて
社会が存在するようになりました。
インターネットは社会そのものです。
プライベートの中に社会があるという事が普通になると
心が休まる時間が減ります。
例えばもし芸能人にプライベートが無かったとしたらどう思いますか。
僕は芸能人にもしプライベートが無かったら芸能人の人生は地獄の人生になると
思います。
プライベートでの自分と社会での自分。
二つの顔を用意するというのは人生を生きていくうえで大事な事です。
プライベートではプライベートでの自分を演じて、
社会では社会での自分を演じましょう。
インターネットのせいでプライベートの自分と社会での自分を
区別するという事をせず、プライベートの自分と社会での自分を同じにして
人生を生きている人が世の中で急増しています。
プライベートの自分と社会での自分。
二つの顔を用意して人生を生きていきましょう。
それが人生を幸せに生きていく秘訣です。

ハッキリ言うと昔の世の中が大らかだったのは。

プライベートでの自分と社会での自分という二つの顔を誰もが持って生きていたから」

言葉を喋らずとも願いを叶え学生生活を乗り越える。第十二話『九日目』。
植原ジュニア「……ふー(スーパーに野菜ジュースなんて売ってないよね?)」
シュウsp「さあて何買おうかな?せっかくスーパーに来たんだし。
何か買わないとな」
植原ジュニア「……あっ」
シュウsp「ん?どした?」
植原ジュニア「そ、それ(野菜ジュースじゃん。あった~!)」
シュウsp「野菜ジュース。欲しいんか?」
植原ジュニア「う、うん(そりゃそうだ~!欲しいぜ~!)」
シュウsp「分かったよ。おごってやろう。1つ80円ぐらいだしな」
植原ジュニア「う、うん(やったぜ~!ツイてる~!……でもまあ。
よく考えてみると。僕にとっては。必然なんだけどね!)」
 

ビックボブ君「自由の国アメリカvs規律とルールの国北朝鮮。幸せな国はどちらか。
ドラえもんやサザエさんに出てくる登場人物達は、さながら
アメリカでの日々を過ごしているようなものである。
社会というものを隔離して人生を生きていく事が出来る。
インターネットは社会そのものである。
社会が常に身近にあると、人は理性を鍛える事が出来る。
プライベートの中に常に存在する社会。それがインターネットである。
しかし。社会生活とプライベートでの生活とが完全に分離するようになると
人は理性を鍛えるという事が出来なくなる。
感情が担当している事。それは自由である。
自由を作り自由を愛する。それが感情の役割なのである。
理性が担当している事。それはルールや規律を作りルールや規律を守る
という事である。
自由には因果応報が伴う。
理性が行く着く最終的な姿は独裁国家である。
国民はルールや規律に則り人生を生きる。

日本は住みづらい国になったのは理性が発達し始めたからである。
国や国民の中に理性が発達し始めた。
社会生活以外にプライベートにおいても社会と接する機会というものが
出来た。
プライベートにおいて接する社会。それこそがインターネットである。
理性の対極にあるもの。
それは動物的な考え方や生き方である。
確かに。昭和の日本は動物的な考え方や生き方が奨励されていた。
しかしその事が日本での住みやすさや、文化面や日常での喜びを生み出していた。
ポリコレは理性である。
差別や区別は感情である。
フグ田サザエや野比のび太の人生か、それともホリエモンやひろゆき(2ch元管理人)のような人生か。
規律とルールにより管理されているホリエモンやひろゆきの人生は幸せか。
感情により支配されているフグ田サザエや野比のび太の人生は幸せか。
規律やルールは安全、安心、利益の保証などをもたらす。
一方で、感情は人生を幸せなものにする。
動物のように一生を生きる人生は幸せか、それとも不幸か。
かつての日本は幸せだった。誰もが動物のように生きて動物のように日々を楽しみ生を謳歌して
生きていた。
だが、人は、理性により長寿になる事が出来る。
理性により日常生活において健康面で食べ物などの節制をする事が出来、健康になっていくからだ。
そういう意味ではアメリカ人よりも北朝鮮人の方が長寿になる可能性は高い。
日本において自殺者数というものは年々、減っている。
これはどういう事かというと、人々の理性が発達してきているという証明である。
と同時に、規則やルールにより住みづらい国になってきているという証明でもある。
人は過酷な環境下にあればあるほど、生存本能が刺激される。
人には自死本能という本能は無い。
一生アメリカ人として生きるか。それとも一生北朝鮮人として生きるか。
どちらが幸せな人生か。
日本は残念ながらどんどんと北朝鮮化が進んでいる。
一生、動物のように日々を生きて動物のように日々を楽しむか。
それとも、一生、北朝鮮人のように規則やルールに縛られて生きるか。
日本人は一生、動物のように日々を生きて動物のように日々を楽しむという事をかつて、
人生においての最大の幸せという風に位置付けていた。

人の心の大部分を支配しているものは無意識(潜在意識)である。

無意識(潜在意識)は感情を司っている。

一方で、意識は理性を司っている。

規律やルールにより喜ぶのは意識である。

しかし動物のように日々を生きて動物のように日々を楽しむという事を喜ぶのは

無意識(潜在意識)である。

昭和の日本も平成の日本(1990年代~2000年代の日本)も、人々は、動物のように日々を生きて動物のように日々を楽しむという事を人生の目的に定めていた。

ゆえにその頃の日本というのは住みやすかったし、楽しくもあった。

昔の日本は住みやすかったし、楽しかった。

その理由は。規則やルールが緩かったから。

プライベートの中にインターネットが無かったから。

インターネットという社会がプライベートの中にあるか無いかで

人生というものは大きく変わってくる。

インターネットがプライベートの中に無ければ理性というものは育たたない。

理性が育たないのは良い事か、悪い事か。

それは昭和の日本と令和の日本とを比較してみれば分かる事である」

 

クラウドハヤト「俺は断然。アメリカかなあ。自由って。素晴らしいよね」

イシワスム「インターネットの負の側面。確かにそれはあるかもなあ」

愛佳「プライベートの中に社会が無い方が。幸せになれるというのは。それはそうかもね」

言葉を喋らずとも願いを叶え学生生活を乗り越える。第十一話『八日目』。
六角先生「今日は調理実習だ」
ビックボブ君「ケンチン汁と白米か。
意外に簡単だな」
シュウsp「俺、あんまり料理とかしないからなあ」
takesi83「僕も」
atelim「俺もだ」
シュウsp「お前ら。チビ男子共もそうか」
atelim「チビは余計だぜ」
takesi83「そうだ、そうだ。確かに僕とatelimはチビだけどね」
植原ジュニア「(美味しく出来ますように。まあといっても。僕は何もしないけれど)」
愛佳「……出来た~」
aoar「やったあ。takesi83、それとatelim。配膳、手伝って」

takesi83「はーい」

atelim「なんで、俺が」

takesi83「ふぃー。配り終わったぞ~!」

atelim「疲れたあ」
ビックボブ君「早速、食べようぜ」
植原ジュニア「うん(美味しく出来てるぜ。やったぜ~!)」
クラウドハヤト「美味しいね」

ビックボブ君「だな。美味しいな~」

言葉を喋らずとも願いを叶え学生生活を乗り越える。第十話『七日目』。
シュウsp「今日は帰りにファミレスに行こうぜ」
植原ジュニア「え(お金は、どうすんだよ)」
シュウsp「金はなあ。あるぜ」
植原ジュニア「そ、そっか(シュウspのおごりか。良かった)」
シュウsp「ふー。ファミレスに着いたのはいいが。
さて。何を頼む?」
植原ジュニア「んー(丼ものならなんでも。あとできれば。ドリンクバーも)」
シュウsp「牛丼二つにドリンクバー2つでいいか?」
植原ジュニア「う、うん(やったぜー!ここんところ、やはりというべきか。
奇跡が続いている。いや、必然かもしれんが)」
シュウsp「お、何だか嬉しそうな顔をしているな。植原ジュニア。

牛丼を食べたかったか。お前は運が良いな」

植原ジュニア「う、うん(……よく考えてみれば。言葉を喋っていなくて自分の望みが実現するのは

必然と言えるのだろうか?まあいいや。そこんところは。僕自身、納得してるもん)」

 

言葉を喋らずとも願いを叶え学生生活を乗り越える。第九話『六日目』。
ビックボブ君「シュウsp。パスだ。受け取れ」
シュウsp「ナイス。ボブ」
植原ジュニア「(はあ。まったく、羨ましいね。
僕は喋る事が出来ないから。無口な感じなんでね。
もっとも不安な事は僕の方にボールが来ること。
僕は喋れないんでね。でも、ああそうかあ。
あーとか、うーとかは。言えるからな)」
takesi83「もらった!シュート!」
植原ジュニア「うわあ(なにぃ。あの位置から蹴ってくるとは。
ようし。ボールをキャッチ出来た)」
シュウsp「植原ジュニア。ナイスだ」
植原ジュニア「うるあああ」
ビックボブ君「え。俺の方にボールを。
まあ。なんとなく。その予感はしたが」
植原ジュニア「ほっ(なんとかボールを意図した通りの場所に
パス出来た)」
 

言葉を喋らずとも願いを叶え学生生活を乗り越える。第八話『五日目』。
ビックボブ君「四時間目の授業はサッカーか」
クラウドハヤト「楽しみだな」
aoar「そうだね。楽しみ」
植原ジュニア「(僕はゴールキーパーがいいなあ)」
六角先生「ようし。お前ら。校庭に集まったな。
では、紅白戦を行う。
植原ジュニア。お前は白組のゴールキーパーをやりなさい」
植原ジュニア「は、はい(やったぜー!)」