32年に亘って公文で過ごしてきました。
命がかかる事態になっても、知らぬは本人ばかりなり…で、公文・公文・公文…
沢山の人たちがご縁を結びすごい結果につながったり、パッと切れたり…
教室開設のその月に、創始者公文 公先生にお会いしお言葉を頂く幸運にも。
一方でその前の際落選していたにも関わらず、開設半年ほどで町議会で活動し始め。
二期八年を過ごした無茶な時間の意義は、合併拒否で長万部町を単体で残したこと。
それができたのも、そのほとんどの期間の公文を娘が支えてくれたからです。
女性議員…今でこそ当たり前ですが、片田舎のオジサン族からのやっかみの凄さ…
女なんかに何ができる!生意気なことしやがって!etc
公文との同送…逆にそれが私を支える力にもなったのです。
私が気をつけたのは、失敗が女性全体を貶めるものにつながらないことです。
病院で出される食事をきれいに、そして「一気に」食べながらも思い出します。
マナーにそって丁寧に食べてきた…でも、遅く終えることでも(「だから女は!」)
ギリギリの数でも当選させていただいた、だからと言って実態を語ることは無く…
患者同士で心・生き方を吐露しあえる方と、一晩語り合い機会ができました。
残されている二人だけでの時間…私の人生の何を語ろうか考えました。
投票者も含め誰一人にも関心を持たれなかったであろう議員生活を聞いていただき…
彼女の好転による転室までの、ほんの数十分…でも私にとってその時間は宝物です。
その後の同室者とも、心を割って通じ合う時間が持てた、素晴らしい?入院生活。
サッパリ好転せず、医師の渋い顔を無視して、公文ありきでの遠隔思考…
そんな無茶は帰宅初日に身に跳ね返り…本日酸素パイプ付きで二度目の機会に挑戦。
不在の6回、借りてきた猫状態君は、嬉しかったのか平常モードで叱られて。
その上カムバックも含め、二件の入会打診…幼児は無理でお断りを考えています。
体が弱い…と言っても、本当にしてくれる人が殆どいなかった無茶な生活。
いつまでできるのかわかりませんが、公文命生活をもう少し・・
色々気づかい、サポートしてくれている我が子たちに感謝しながら、生きます!!