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ぴかこめも

pikako no memo

ちょっと潔癖なんです。


だから 子供がトイレがべたべた触るのがムショーに嫌で


昨日も便座を片手で持ちあげた状態のままおしっこしてたのでキツク叱りました

こういう時 見境なくなる。すごくカッとなってしまうんですね。


今思えば不要なしつけだったなと思います。


こどもにしつけは不要。必要なのは愛情。


だから便座には ばいきん がいっぱいだから持つのはやめようね。


とだけ優しく冷静に伝えればよかったです。


大きな声をだしてキツイ口調でなくともちゃんと伝わります


気づけたので良しとします。


そして 今日であった素晴らしい一言


子供のいいところも、悪い所もすべて受け入れて見守ること。



こだわりも満足すればそれでこだわらなくなるから、とことん付き合ってあげるといい。


わたしから見たら変なこだわりもやめさせるのでなく、満足すれば こだわらなくなるのかぁ。


では、コップが満タンになるまでやらせてあげよう。

私は見守り隊となろう

○○や□□ができなくてもそのままの貴方が好き

あなただから好き


インナーペアレントを解放してやさしい親に私は変わったんた。この瞬間から




厳しい親は絶えず子供を 「社会的効用」 という視点から検討している。


社会的効用とは その人間が役に立つかどうかという視点のからの評価である。


人は特別な才能のある人でない限り、高い評価はえられない。だから親は叱ったり激励するが逆効果である。 (これは私が楽器を習わせたり勉強させようとする事)


やさしい親は社会的効用という視点とは関係なく


「おまえがおまえだから好きなのよ」という無条件の愛 絶対の愛のある親の立場である


つまり能力の有無 役に立とうとたたまいと 「おまえがすきだ」という立場である。


だから私自身の インナーペアレントをまず解放する。


○○したら恥ずかしいとか、○○と思われる などと、いう考えは捨てよう


勉強の強制は一日延ばしという悪癖を身につけさせるようなものである。

宿題しなくても勉強しなくても 君のことが好きだからね

とメッセージを伝える

わたしは子供が泣くと無性に腹が立ち

黙れ 泣きやめ ウルサイと言ってきた



これこそが私のインナーチャイルドの活動する姿


自分では泣く子に対して怒ってはいけないと思ってるが

同時に腹が立っている。


ここに2つの人格が存在している

怒ってはいけない 叩いてはいけないと制止している自分と

ずーっと

我慢してそだってきたのにと 腹がたっている インナーチャイルドだ


厳しい親に育てられ 泣くといつも ウルサイ と怒鳴られ 押し入れにはいって

声を殺して泣いてた。

わたしが悲しく泣いてるのに ウルサイ? なぜ?

とても傷ついた。

そうやって

いつも いつも 我慢して 耐えていた

そういう自分(インナーチャイルド)がいる。

だから自由にふるまう我が子をみて、比較して腹がたってくるのであるのだ。