この話を書くのは
すごく怖いのですが
(現実を見たくないから)

 
書いてみる。
 
 
先日は
九州から東京に来てくれた親と
東京観光してきた〜
めちゃくちゃ楽しかったU^ェ^U✌️🌸





 
私の父は
70代なのですが
 

(私は
両親が高齢のときに
産まれた子供で
 
父は授業参観でよく
おじいちゃんと間違われていたw)
 
 
だんだん
認知症が進んできていて
 
 
最近はもう
何度も何度も同じ話を
するようになっている。
 
 
母と一緒だから
日常生活はできているけど
 
 
今回の旅行でも
レストランで
トイレから席の戻り方が
わからなくなったり
 
 
落ち着きがなく
何度も電車の行き先を聞いてきたり
 
 
(慣れない環境ですしね😭)
心配する場面も多い。
 
 
私は
親が老いていくのを
ずっと恐れていて、
 
 
父もいつか
私のことが
誰なのかわからなくなるし
 
 
よっぽど
何かなければ
 
 
私より先に
父がいなくなる日が来るって
 
 
知ってるのに
見たくない。
認めたくない。
 

(ゆえに家族で
「いつか」の話はあまり
あまりできていない。
私は正直、避けている。)

 
ただ、
そんなときに
思い出すのが

 
@satoko onoさんが
以前MBLかな?で
かけてくださった言葉で
 
 
私の中で
大切にしているものがあって

「失うことが
それだけ怖い、悲しいというのは
【それだけ大切なものだった】
ということですよ。」
 
(細かい言葉は違うかもですが
すみません💦)

 
大切なものが大切な分だけ、
失う悲しみは深いもの。
 
 
それは等価。
 

どっちだけ、
というのは無理なのが
この世の理、、、U^ェ^U
 

いつか来る「悲しみ」に
自分が対処できるかは
わからない、
 
 
怖い。のが本音。

 
 
ただ、
その「きたるとき」までは
とにかく今の瞬間を
大切にするような工夫をして
 
 
その
尊い「今」の瞬間を
積み重ねるしかないのだな、と
 
 
思うようにしている。
 
 



ノートに切符貼ったり、レシート貼ったり!

まさに喜びと交換の買い物ばかり。
こういうときのために、お金があるって思う。