彼女の話。

 

彼女が新しく引っ越したアパートで、天井から音がするようになった。
なにかが這い回るような音だった。
ちょっと気味悪く感じたが、ネズミとご対面もしたくなかったので
放っておいた。

 

ある日、彼が始めて彼女の部屋に遊びに来る事になった。
彼女は、『そうだ!なんの音か、彼に見てもらおう♪』って思った。

彼にお願いすると、彼は快諾し、押入れの天袋から屋根裏を見てくれた。

 

彼は懐中電灯をもって屋根裏を覗いた。
首から上が、天袋にすっぽり入っている。

 

2~3分経っただろうか…。
彼は、何も言わず、身動きもせずじっと天井裏に頭を突っ込んでいた。
何の反応もないのが、却って不気味で、彼女は「どう?」と聞いてみた。

 

それでも、彼はまったく反応しない。

その時、彼の身体が一度ピクッと動いて、そのあと彼は、頭を戻した。
彼女はホッとして、彼の顔を見た。

 

その時、彼女は一瞬、言葉を失った。

天袋から戻った彼の顔は、まるで別人の顔……
というか、能面の様な全くの無表情で着色を忘れたかの様に真っ白だった。

彼女は驚いて、固まってしまった。

 

すると彼は「あっ」っと言って後を向き、手で顔を覆った。
次に振り向いたときは、いつもの彼の顔だった。

 

彼はいつも様に優しげに彼女に微笑んだ。
その顔を見て、『ただの見間違いかしら?』と胸をなで下ろした彼女。

 

彼は、押入れから出ると、ソファーに座った。
「ご苦労様、ありがとうね♪」をお茶を出す彼女。

 

「それで、、、天井裏、どうだった?」
そう彼女が聞くと、彼は天井の照明をじーっと見ていた。
そして、やたらにペロペロと舌なめずりをしていた。

 

彼女がまた不安になり、「……ねぇ……どうしたの?」と言うと、彼は
上を向いたまま、こう言った。

 

「おまえは、たぶん大丈夫だから。」

 

そして彼は、テーブルにあったお菓子やおつまみをいきなりガツガツ
食べだした。
あっという間に全部食べ尽くすと、彼は何も言わず部屋を出て行ってしまった。

 

・・・
それ以来、彼はずっと行方不明だ。
携帯も不通で、自宅や実家にも帰っていない。

 

ちなみに・・・

彼女の天井裏の異音は、あの日からまったくしなくなった。

 

彼女の話。


彼女は専業主婦。
その日も彼女は、夕飯の買い出しを終えて、茶の間でテレビを見ていた。

 

そんな時、玄関先から「ただいまー」と聞こえた。
高校生の娘の声だった。

 

娘も思春期真っ盛り。
いつもなら何も言わず鍵を開け、そのまま2階の自室に行くのに…
今日は機嫌がいいのかな?なんて彼女は思った。

 

だから彼女も機嫌よく「お帰り♪」と言ってあげようと思った。
しかし、声は、玄関先から動かず、「ただいまー」「ただいまー」と
連呼していて、扉を開けて家に入ってくる様子がない。

 

違和感を覚えた彼女は、そっと茶の間の障子を開け、玄関先を覗きみてみた。
するとそこには娘はおらず、変なモノがいた…。

 

ソレは、頭の先からつま先まで、ペンキを塗りたくったような真っ黒な人。
それの表面は、つるつると黒い光沢を放っていた。

その黒い人は、玄関先でのぞき窓に片目を当て家の中を覗き込むような
格好をしながら、「ただいまー」「ただいまー」、と繰り返していた。

 

ぞっとした彼女は、障子を閉め、すぐに110番通報した。
黒い人はそれからも、玄関先で「ただいまー」「ただいまー」と言い続けて
いた。

 

彼女はその間、怖くてトイレに隠れていた。
声は永遠に続くかと思われたが、実際は10分程してしなくなった。

 

・・・
「声は間違いなく娘のものだった!」と彼女は言う。
ただその声は、何というか、抑揚がなく、例えるなら笑い袋の様なもので
録音してある声を、何度も再生しているかのような印象をうけた、と。

 

その後、彼女は駆け付けた警官と、帰宅した娘に事情を説明するのが大変
だった。
一応「不審者がいた。」という事で、近隣の警邏を強化してくると言う事で
その日は落ち着いた。

 

彼女がその「黒い人」を見たのは、その日限りだ。
今の所は・・・。

 

 


( 前編 より 続く )


夜中、カリカリカリって音がする…

 

もともと彼の住むアパートは、安さだけが取り柄のかなり古いアパート。
彼は、ネズミかなんかがいるんだろうと気にもしなかった。
しかしその「カリカリ」って音は、毎晩毎晩聞こえていた。

 

ある日、彼は夜中にトイレに行きたくなって起きあがった。
カリカリカリって音は引っ掻き傷の近くでしているようだった。

彼は、トイレに行くついでにその辺りを見てみた。

 

そこには何もなく、突然音が消えた。

『はあ?』と思いながらも、トイレに行く彼。
トイレに入ってると、また「カリカリカリッ」って音が聞こえてくる。

彼は『ネズミだ!』と思い、トイレから出てまた見てみた。

 

するとまた音が鳴りやんだ。
その時なぜか、彼の全身に寒気が走った。

彼は少し身震いすると、寝室に向いて歩き出した。

 

引っ掻き傷の壁を通り過ぎ、なぜかもう一度、振り返ろうって思った。

その時、部屋は電気を消していて暗かった。
だが、床を一直線に黒い丸い影が走っていったのが見えた。

 

その瞬間、『振り返ったらダメだ!』と何者かに言われたような感じがした。
そのせいでまた全身に寒気がした。

 

すると音がまたし出した。
彼は振り向いてしまった…


すごくおびえた顔をした白い女の人が、何かから逃げてるような感じで、
後ろ手のまま爪で壁を引っ掻いてた…

 

彼は、『何でこんなもんが本当に見えるんだ?』と理解できないままそこに
立ちつくした。
その女は数秒壁を引っ掻き、なぜか突然、煙が消えるように消えていった。

 

彼は見てしまった。
変なものを見てしまった。
それは、彼にとって生まれて初めての体験だった。
興奮しまくってたせいか、それとも恐怖だったのか、その夜は眠れなかった。

 

・・・
後日、彼は管理人さんにそれとなく彼の前に住んでいた人の事を聞いてみた。
前に住んでいたのは、若い夫婦だったそうだ。
仲睦まじく暮らしていたが、そのうち夫が奥さんに暴力を振るう様になり
何度か警察沙汰にもなった、との事。

いつの頃か、奥さんの姿を見かけなくなり、夫も夜逃げ同然に姿を消した、と。

 

彼は、部屋から出てきた写真を見せようとしたが、なぜか見つからなかった。

 

彼はその後も2週間住み続けたが、カリカリって音は毎日のように聞こえてきた。
さすがの彼も、怖くて寝れない日が続いた。

 

そのころから寝不足とかも伴い、学校生活がうまくいかなくなってきた。
彼は疲れ切っていた。
彼は、大学を休学し、実家に帰ることにした。

 

それと共にアパートは住むのをやめた。
通学時間は途方もなくかかったが、復学してからは実家から学校に通うように
なった。

 

怪奇現象はそれ以降、彼の身の回りでは起こってない。
しかし、あのアパートの前を通ると、今でも彼の背筋には冷たいものが走る…。