退職 - 就業前線に復帰を命じました
50日ぶりの就業前線復帰を歓迎します。韓国には「就業前線」という言葉があります。「前線」が付くくらい、韓国での就職は難しいものです。僕も2年半の就活をしてやっと入れた会社だったんですが、結局、こうなりました。50日の短い間の会社生活でしたが、自分のことをよく調べられる機会にもなれましたので、今日はそれに関して書いてみたいと思います。乖離面接の準備のため用意した求人広告を何度も見返しながら、今やってる仕事との違いに鼻で笑ってしまう毎日でした。広告では確かにデータアナリストになってたんです。データを分析しビジネスの意思決定に支援する仕事…だと書かれていました。自分も入る前にはその仕事ができるって、やっとデータアナリストとして働けるんだって喜んいましたが…現実は違いました。データは確かにありました。まったく整理されておらず分析ができるレベルではなかったです。テーブルの数は400を超えようとして、その中で使わないのは80%以上を占めていました。テーブルスキーマはほどんどが文字列だったせいで、その列にどんなデータタイプが入ってしまう状態でした。そうやってほどんどのデータテーブルに何の規則もないデータが絡まり合い、とても分析できない状況になっていました。責任感をもって働くことデータ分析の仕事ではありませんでした。それなら、僕はどんな仕事をしていたんでしょうか?その会社のデータの集め方はクロールでしたが、そのサイトが少しでもアップデートさせるとクロールが止まってしまう状況でした。自分の仕事は主にそのアップデートしながら変わるサイトに合わせてクロルコードを修正する役割でした。あ!出る前に一つ大きな(?)仕事をやりました。50日の間進めたミッションがもう終わる時期、どれほどの幼稚園児たちが完了したのかを集計する仕事を与れました。その仕事で最も大事なことは判別ロジックを具現でした。そのロジックによってミッションの成功かいなかを判別するので正確にそのロジックが何なのかを知るのがもっともだいじでした。当たり前に上司に言われたロジックを具現していたが、そのロジックは大外れで、締め切りはどんどん近づいていました。このままだと、間違っている集計を伝えることになって会社にもお客様にも迷惑をかける可能性がありました。自分は二日間昼飯を食べずにそのロジックを見極めることに集中しました。上司に頼ることはもう不可能で、一人で作業を続ける最中、上司は僕にこう言いました。 あまり、ストレス受けるな、 適当にやれ、 とうせ、後に客から文句言われたらその時すればいいいっそ、早くしろと圧迫をかけたり、応援をしてもらえたり、それともちゃんとしたロジック調べたり、様々な可能性の中で出た一言はあれでした。そのような言葉に僕はあまりにもきれて、 適当にやれって、どうするんですか、それ?腐ってもデータアナリストがデータを妥協したくはなかったうえ、損はお客と会社に受けるのに適当?仕事じだいは何とか時間内に完遂しました。けれど、責任感のない上司、打身になってる分析環境、全然与えられそうにないデータアナリスト職務まで、出ます。少しの間、あそんでいました。経歴として書けるはずもなく、成果を出したわけでもありません。むしろ病気を抱えて出てきました。そして胸の痛みまで持ち帰ってきました。誇れるものを何一つ持ち帰ることができなかったので、少し暗い気分です。家族にも話せず、本当にこれからの人生どうなるのか分かりません。次はもう少し明るい話を書ければと思います。