まだまだ五里霧中ですが、
少し前をむけるというか
現実と向き合うようになりました。
長く暗い話になります。
めんどくさい方はスルーして
最後の六行だけ読んでくださいね。
まだあの時のことは
思い出すだけで気持ちがあふれてしまいます。
3ヶ月前に亡くなった父と私は
血がつながってません。
母は昼も夜も働いて苦労して私を育ててくれました。
私の中ではものすごく大きな人でした。
そんな母は1人で行ってしまいました。
朝に母を尋ねたケアマネさんが
冷たくなってるのを見つけて
私に電話くれました。
孤独死ということで
警察が遺体を連れてってしまいました
それから葬儀屋さんに連絡やらバタバタ。
おばと従妹と母の友達が駆けつけてくれて
警察署まで行って遺体と対面させてもらいました。
それから区役所行ったりバタバタ
引っ越し屋さんがわからないとパニックしたり
大変でした。
引っ越し二日前だったので
家の中は段ボールだらけでした。
さらに母に頼まれたとかいう
解体屋さん?まで現れて………
とりあえず帰ってもらいました。
そしてまもなく
思いもよらぬことがわかりました。
それから怒涛の二週間でした。
詳しくはいずれきちんと書きます。
察しの良い方なら想像はつくと思います。
区役所の無料法律相談にも行き
家庭裁判所にも行き、
区役所や他所の市役所も行き
1日走り回りました。
食事はおにぎり一つが胸につかえて食べれなくて……
でも動きまわってクタクタで、
夜に誰もいない実家に行き
母の遺骨にむかって
怒りながら泣いてわめいて
連れてってくれ
と土下座したりが
先週まで続いてました。
トイレに行くのも億劫だった結果
膀胱炎になりました。
それさえもほっといたら行けるかもとか思ったりして。
22日朝イチに
お坊さん来られて仏壇の魂抜きと
母の前倒しのお経あげていただきました。
仏壇を置いて行かねばならないので、
うちの先祖と父のほうの先祖の過去張を
お寺さんに引き取ってもらいました。
前の晩に過去張引き取れない事への罪悪感から
仏壇に土下座して謝りながら泣きました。
自分ではここまではしっかりしてるつもりでした。
でもおかしくなってました。
常軌をいっしてたようです。
そのあとまた区役所と家庭裁判所をまわり
帰りに実家に寄りまた怒りながら泣いてから
自分な家に帰ると
無意識に睡眠薬を探してました。
始めはテーブルの下の
血圧の薬が入ってるカゴを漁ると、
底から前に病院でもらった
膀胱炎の薬が出てきました。
それをポイっとどこかに投げつけた(`´)
次にベッドの下の引き出し
何か引っかかって開かないのを力任せに引っ張った。
開いた
と思った瞬間に何かが飛んできて顔を直撃(>_<)
何と前に買った市販の膀胱炎の薬だった(;・∀・)
普通ここで悟るんだろうが、
懲りずに探しついに睡眠薬を見つけた
8錠出てきた。
しかしネットで調べると10錠くらい飲まねばならんとのこと。
あきらめネットで調べたら、
某市販の某薬は80錠で行けるそうな………
その記事を見たとき、
途中で喉つっかえるやん!そんなん!
と思ったとたん笑った。
母が亡くなってから
初めて笑えました。
何かがストンと落ちた気がした。
お寺さんのときに来てくれてた母の友達
食欲無い!食べれない!と言ってるのに
無理やり白身魚弁当をくれたことを思い出し
食べてみた。美味しかった。
24日も精力的に動き、
夜実家に行き仏壇を掃除して、
実家のベランダからの景色を撮影。
家に帰り両親の遺骨を置く場所を掃除しました。
そして25日に立会ってもらって鍵を返却。
父と母の遺骨だけを持って実家から出ました。
帰りに実家の裏にある川の対岸から見える実家を
両親の写真にみせました。
翌26日
かなり早いですが、
この先またくすぶってることが多くて
いつ何がどう展開するかわからないので
母が生前から言っていた一心寺さんに
二人一緒に納骨しました。
祖父母や曾祖母や叔父や叔母も入ってます。
にぎやかで良いでしょう。
まだ何かの折に触れ
泣いてしまいますが
とりあえず前を向きます。
それと子供さんが居る方々に言いたい事があります。
絶対に母のようにいかないでください。
黙っていかないで下さい。
何か最後には言葉を残してあげてくださいね。
いきなり居なくなると
残されたものはツライと言うよりキツイです。
写真は実家から見えた景色です。
