KABE新聞!! -33ページ目

思い

俺がフラフラしてた頃、このままだと、ヤバイ人に連れて行かれるって事で、慌てて仕事を探して、勢いで呆気なく決めた仕事。
それが、中華飯店100番と言う店で、調理師見習いとしての初仕事だった。
街に出て、喧嘩して、時々ギター弾いて。
で、仕事は毎日、遅刻してて。
店のマスター、そんな俺を諦めずに仕込んでくれた。
今は、店も無くなってて、マスターにも連絡も入れて無いけど、マスターの弟子は誰一人、調理師をやってない。
三重県にいた頃、100番のマスターの引退の記念パーティーに歴代弟子も呼ばれて、出かけていって、マスターが長い間、店をやってこれたのはみんなのお陰。心残りは、人を育てられなかった。
て言うのを聞いて、俺はパーティーの帰り際、マスターに、俺はもう一回、調理師に戻るから任せといて!
て言うて、その後、松山に戻って、どうにか調理師をやれてる。


かたぎ家の山さんと出会って、調理師でロック、やれるんや!!て感動して。

で、松山で念願のパンクロックバンドも、組めてて、で、ライヴに出れそう!
ハッキリ、イベントがやれるか!?分からない常態で、いまいち、練習にも身が入らない常態たった。

俺のまわりで一番、波長の合う人に、弱音のメールをしたら、凄く的確なアドバイスと、凄く安心出来る言葉を頂いた。
休憩明け、仕事に入る直前に、そのメールを読んだ。
営業やりながら、仕込みをやってて、さっきのメールのあたたかい言葉を噛み締めてて、俺は思わず、涙腺崩壊。
先輩が、「あれ!?泣いてる!?」
とカラカッてくる。
「いや、玉ねぎ、炒めてます」
とは言ったものの、我慢出来ず。
シャガンデ泣いた(笑)

色んな思いが溢れた。
少年の頃、思い描いた姿。
あと少しで届きそう。
でも、ライヴに出るバンドが何組か出揃わないと中止になる。
それが不安で仕方がなかった。

でも、俺の不安をまるで、目の前で見てるかの様な、的確なアドバイスと、不安を取り除いてくれる言葉をいただいて、少し落ち着いた。

今日は、軽めにベースを弾いた。
ライヴに出れるイメージだけ、頭に浮かべるよ。



珍しいこと

最近、エイトビートに少し疲れぎみ。
後ろから追いかけてくる。

お前の、その不覚悟な優しさが俺を傷つけてんだよ。
自分の世界に隠っとけ!!

くたびれた

毎日毎日、同じ繰り返し。頭の中ぐるぐる回りっぱなし。 
仕事、やすみてぇ!!三重県に帰りてぇ!!ゆっくりしてぇ。
たすけて。