「はぁ~ 今日の授業は疲れたな」
専門学校の校門をでて、ため息をついていた。
写真の学校なのに、学科の教科が多くて、頭がパンク寸前。
二年間の終了過程で、残すところ、四ヶ月を余りだけど。
「リタイヤするかも?」
「あの講師、自分の感性のなさを、学問で補えると考えているのかなぁ?」
愚痴が飛び出していた。
僕は机を並べている連中とは、少々異質で。
ってゆうか、ただ僕の年齢が高いなだけで。
周りは二十歳前後が圧倒的に多い。
当然っていえば当然だけど。
それとゆうのも。
僕は大学卒業して、カメラやフィルムの販売会社に入った。
そして五年目に入って。
その年の新人歓迎会で、僕が新人のときの上司と出くわしてしまった。
「嫌な、元上司が近くの席だぁ」
宴たけなわになって、避けてていたのに。
「よお、小野田君」
近づいてきた。
「課長、ご無沙汰です」
「栄転おめでとうございます」
ほんとは、栄転じゃないんだけど。
この春から、課長は営業課長から庶務課長に移ったと。
風のうわさで聞いていた、あまり興味のある人じゃなかったし。
新人のときの半年が、嫌な思いしかなかったから。
その後、課長不干渉って感じだった。
「小野田君、営業成績は良いみたいだけど」
「さぼりが多いってうわさ聞いたぞ」
はぁ~、どこからの噂なんだよ?
「は はい 気をつけます」
さらりと受け流す。
でも、そのあと課長の嫌味が多くて。
その後、同僚も加わって激しい討論に発展。
無礼講とはいえ、そのことがきっかけで、辞表をだしていた。
退職の時には
「失業保険なんかもらえるかぁ」
訳のわからないこといって。
総務に書類のハンコ拒んで、その年の8月に退職していた。
それからフリーターでしばらく暮らしていた。
あとになって後悔した。
失業保険って、別に恥ずかしいことないとわかって。
年を越して、これからを真剣に考えた。
そして、思い浮かんだのが学生時代にハマッていたカメラ。
一年ほどフリーター兼フリーカメラマン。
「かっこいい」
一人で自己満足していた。
案の定
「これで、いいのかなぁ?」
頭によぎり始めた。
またまた、真剣に考えた。
やっぱり、プロ目指すんだったら、勉強しないといけないと思い。
なけなしのお金を払って、学校にきている。
三十も過ぎて、学生しているけど。
「ほんと、俺って、何してるんだか」
自己嫌悪におちるけど。
どうしても、がんばらないといけない訳がある。
もちろん、プロの道を目指すこともそうだけど。
もうひとつ、僕にとってすごく重要なことで。
「ある人を迎えにいくために」
講師のはなしに戻るけど
あの講師の授業は、カメラの特性や品質のことやら。
僕は常々ずれているとしか言いようがない。
そんな事を思ってる講師だけど。
フリーで撮った時の写真を、いろいろ見せたときに。
「卒業した後、弟子になるか?」
講師が言ってくれたことがある。
そんなことでもなかったら、あんな講師の授業なんか選択していない。
あの講師って、そこそこメジャーらしいけど。
最近は、あんまり撮っていなくて、講師の仕事ばっかりしている。
「ほんとに弟子入りして、大丈夫かな」
まぁ、今さら言ってもしょうがないけど。
「さぁ、マスターのところ寄ろう」
「いらっしゃいませ」
いつものウェイトレスが、にこやかに迎えてくれる。
ご主人様つけてくれたら、申し分ないんだけど
「いらしゃいませ、ご主人様って」
普通の喫茶店でやったらうけるかも、ブツブツ思いながら。
でも
マスターとこのウェイトレスさん、いつも元気あるよなぁ
「どうぞ、こちらへ」
カウンターの近くへ案内してくれる。
僕の席は、いつもカウンター前の二人がけのボックス席。
他のお客の邪魔にならない席。
この喫茶店は、フリーでカメラ撮り始めてからよく来る。
マスターに可愛がられて、学校もマスターが推薦してくれた。
一人暮らしの僕にとっては憩い空間。
実はここだけのはなし。
マスターのおまけが生活の知恵。
「マスター、アイスコーヒー」
注文は席から声をかける。
「はいよ」
マスターの威勢のいい返事。
ただ注文から、出てくるまで早くて十五分、遅かったら三十分。
お客が空いていると早いし、混んでると遅い。
「はい、お待たせ」
ウェイトレスが笑みを浮かべながら、テーブルに置いてくれる。
「あぁ、今日はカツカレー」
「マスター、いつものピラフでよかったのに」
いつもとちがう品がでてきて、叫ぶ。
「おいおい、アイスコーヒーの注文だろ」
カウンター越しから、マスターがあきれた表情で言いかえす。
「あぁ、ごめんなさい、贅沢いって」
しゅんとなる。
「なんか、今日はどことなく、落ち込んでるみたいだな」
「励まし代わりだよ、カツカレーでも食べて元気だせ」
「それと、こんなときは」
「あそこに飾ってる、おまえの作品でも観たらどうだ?」
僕のことを見透かして、温まる励まし。
「マスター、ありがと」
マスターはいつもこの僕に。
アイスコーヒーの値段で、軽食をおまけでつけてくれる。
「ほんと、マスターって心広いよなぁ」
マスターも昔、プロカメラマンを目指したことがあったらしい。
親が亡くなって、この喫茶店の跡取りの関係で。
すっぱりその道をあきらめたとか。
マスターいわく。
「才能に見切りをつけて、挫折しただけだよ」
僕が学校出た後、あの講師の弟子入りの話をしたとき。
「あいつなら、しっかり鍛えてくれるよ」
話してくれたことがあった。
その後はあまり、その話題には触れてこなかった。
学校であの講師に。
「先生、喫茶フィールドのマスターと知り合いなの?」
聞いたことがあったけど。
「うん」
返事だけで、話が進まなかった。
正直、興味はあったけど。
触れてほしくないことって、あるしなぁって思いながら、そのさきは控えた。
ここの喫茶店には、マスターが撮った写真がいっぱいある。
ひよこの僕からみても
「すばらしい」
の一言につきる。
よくマスターに、作品見せて、感想もとめるけど。
いつも
「うんうん、いいよ」
あの講師に見せると
「・・・」
いつも、無言。
そういえば、マスターが唯一飾ってくれてる写真だけは。
マスターも
「・・・」
無言だった。
あの写真は
「カメラの世界で生きたい」
当時五年越しの彼女に打ち明けて
「道が切り開けるまで、待っていてほしい」
別れ際の帰り道に撮った、彼女の横顔写真。
あれから一年半。
未だに、道が切り開けているとは思えなくて。
迎えにいっていない。
でも、この喫茶店に来るたびに。
僕自身と、あの一枚の写真の向こう側に。
強く言い聞かせている。
必ず、どんなことがあっても。
迎えにいくから
それまで
それまで
「待っていてね」