3.11から一年。
本当に月日が経つのは早い。
あの日、いつものように出勤して
歩きながら
今日もつまらない一日が始まると
考えてたことを今でも覚えてる。
何気なく過ぎていく毎日を
生きたかった人がどれだけいたか。
大切な人、大切な街を失った人の悲しみは、私なんかには計り知れないけど、
14時46分、少なくとも私のいたS-PAL館内で、
BGMが止まった瞬間、足を止めた人の心の中にはそれぞれの想いがあるんだろうと思うと涙が出そうになった。
急ぎ足で家に帰る途中
信号も動かないから交通整備をしてた警官や、荷物を持って避難する人、救急車の音。
非常階段を上がると通路は真っ暗で
鍵を開けると物が倒れ、土足で中に入ったっけ。
このめちゃくちゃになった部屋で
ビギーは耐えてたんだと思って
ぎゅっと抱きしめて。
人に溢れた避難所の小学校で
タバコ吸いながら見上げた空は
憎いくらい星が綺麗だったのを覚えてる。
その時、偶然にも
被災地と呼ばれる場所で生活し
生かされた私たちには
きっとなにか意味があるんだと思う。
亡くなった人に恥じないように。
生きたいと思っていた人達の
いくつもの命を
絶対に忘れちゃいけないと思う。
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