イラストレーター村田峻治の日常 -387ページ目

Marlene Dietrich

【Marlene Dietrich】
アニメーター村田峻治の日常-Marlene Dietrich

1901年ベルリンの近衛警察士官の次女として生まれる。

幼くして父が病死、継父も、第一次世界大戦で戦死。生活費を稼ぐため酒場などで歌っていた。

1921年に演劇学校に入学し、翌年『ナポレオンの弟』で映画デビューする。

1930年、ベルリンの舞台に立っていたところを映画監督ジョセフ・フォン・スタンバーグに認められ

ドイツ初のトーキー『嘆きの天使』に出演。

退廃的な美貌、セクシーな歌声、その脚線美で国際的な名声を獲得した。

同年アメリカに渡り『モロッコ』でハリウッド・デビュー、アカデミー主演女優賞にノミネートされた。

当時のドイツの指導者であるアドルフ・ヒトラーはマレーネがお気に入りだったようでドイツに戻るように要請したが

ナチスを嫌ったマレーネはそれを断って1939年にはアメリカの市民権を取得した。

そのため、ドイツではマレーネの映画は上映禁止となる。

第二次世界大戦中の1943年からはUSO(前線兵士慰問機関)の一員として活動

アメリカ軍兵士の慰問にヨーロッパ各地を巡り反ナチスの立場を明確にした。

戦地で兵士が口ずさんでいた「リリー・マルレーン」をおぼえ、対独放送でも歌った。

以後は歌手としての活動がメインになってゆく。

1979年コンサート中に骨折し引退。

1992年パリで死去。2002年にはベルリン名誉市民となった。