イラストレーター村田峻治の日常 -181ページ目

風立ちぬ

『風立ちぬ』を観た。

アニメーター村田峻治の日常

人に面白いかと問われれば、「そんなに面白くはないよ」と答える。

しかし「フランス映画の様に複雑で良い作品だと思う」と答えると思う。

この作品はアニメーション映画としては、ある意味宮崎さんが初めてエンターテインメントを切って捨てた映画だ。

思えば、これまでの宮崎駿作品は良くも悪くもHollywood的な映画だった。(本人は否定するでしょうが)

それがいつもはカタルシスとなっていた。

今回はそれを封印した。

自己の欲望との対峙。そして引き裂かれた精神性。

ここまで自己の二面性と対峙したのは漫画版『風の谷のナウシカ』くらいだろう。

ナウシカの後半は、よく発狂しなかったなと思いながら読んだ記憶が有る。

そういう点では内面全部曝け出して、自己の行く先が無くなってしまった『旧エヴァンゲリオン』を作った庵野さんを二郎役に抜擢した事も合点がいく。

堀越二郎も、庵野秀明も、宮崎駿も誠実で愚直なのだ。

趣味を丸出しにしそうになってた部分等は、自己満足の為に映画を作る押井守さんなんかはほくそ笑むのだろうが(笑)

全編通して感じたのは、宮崎さんの内面葛藤。

映画を観ていて常に浮かんでいたのは『ハウルの動く城』で魔法を使って腕が化け物になりかけて耐えているハウルだった。

勇ましい映画を作りたい宮崎駿。それを阻止したい宮崎駿。

趣味を全面に出したい宮崎駿。それに抵抗する宮崎駿。

好戦的な宮崎駿。反戦主義の宮崎駿。

家族をないがしろにして作り続けた宮崎駿。それを悔いる(許す?)宮崎駿。

いつも唐突に現れながら仕事人間の二郎に献身的な菜穂子。これも自身の奥様の投影かもしれない。

物作りに関わる人間は周りを不幸にしてでも作るという業がある。

「自分の映画を観て初めて泣いた」といったそうだが、当然だと思った。

この映画自体が堀越二郎、堀辰雄を通して自己の人生を振り返っていたようなものだから。

よく言う「素っ裸でお客の前に出ちゃった」というヤツです。

常に美しい飛行機(映画)を作りたい情熱を、夢に出てくるカプローニに投影させて。

全体的にドラマツルギーが崩壊気味だったのはその副作用だろう。

最後に二郎が作り上げた美しい飛行機として零戦が少ししか出てこない。

これも敢えてカタルシスのある映画にしたくなかったのだろう。

それでも国が滅んだ残酷な結果は描かれている。

しかしこの作品は二郎の零戦の様に美しく儚い映画なのだ。

そして、堀越二郎も、宮崎駿も、10年生まれた時代が違えば違う人生を歩んだろうし

二郎が違う時代に生きていたら国が滅ぶ事も無かったかもしれない。

才能が有って、誠実で愚直な人程、結果が与える影響は大きい。

今作はヴェネツィアのコンペティション部門にノミネートされたらしいが

ヨーロッパの人のウケは良いと思うから、何か受賞するかもしれない。

でもね。

若い人は若者らしく「こんなのつまらん!」と言ってください(笑)

ある程度年齢を重ねないとしっくり来ないと思うから。

そして、何度か観返さないと分からないかもしれないから。

最後に気になったのはラストに出てくるライトグレーの零戦が二一型(コンテには二一型と書いてあるが)じゃなかった事ですかね。

そんな自分は、宮崎駿作品を劇場で観たのは『魔女の宅急便』以来です(笑)