イラストレーター村田峻治の日常 -166ページ目

再観『風立ちぬ』

二度目の『風立ちぬ』を観た。

アニメーター村田峻治の日常

上映期間中に再び観に行くなんて『ブラックレイン』以来だよ。

しかもあれは松田優作の遺作って事で二度も三度も観に行った訳でね。

だから今回は別の角度から感想を。

この映画の主人公堀越二郎は実在の人物だが、彼の伝記映画というわけではない。

ストーリーも、少年堀越二郎の夢の話か?現実か?白昼夢の様だ。

そして、彼と結ばれる菜穂子も実在しない。

冒頭から夢の中で邂逅するカピローニは飛行機を作る事は戦争の道具にもなると言う。

飛行機技師になりたい二郎もここでその業を背負う事になる。

そして『創造的人生のもち時間は10年だ』と言われる。

二郎は胸に刻みながら美しい飛行機を作る為に全力を尽くす。

しかし、スポンサーは軍部なので戦闘機を作る事になってゆく。

彼は特別愛国主義者ではない。

だが、軍部の過大な要求に答えようと心血を注いでゆく。

同僚の本庄の台詞通り『矛盾だ』

反戦主義者なのに兵器好きな宮崎駿本人の様でもある。

カピローニが負の象徴なら菜穂子は正の象徴だ。

彼女と居る時の二郎は、彼女の元へ届けと紙飛行機を折る純粋な少年の様だからだ。

しかし、二郎が本物の飛行機の完成度を上げてゆく代わりに彼女の病状は悪化してゆく。

そして最後の九試単戦を作り上げる時には二郎の元に彼女は居ない。

ラストに登場する、美しくも果無い零戦の運命の様に。

最後も二郎は夢の中でカピロー二と邂逅し

『君の10年はどうだったかね?』

『最後はボロボロでした』

『そりゃそうだ、国を滅ぼしたんだから』

その後菜穂子とも邂逅し『生きて』と言われる。

そして二郎はキツい現実と共に生きる覚悟をするのだ。

これも今までの現実が夢だったらどんなに良かっただろう。

今回観ながら去来した映画は『アンダーグラウンド』

どこまでが現実か夢の中なのか、虚実ない交ぜながら国が滅んでゆく様が似ているのだ。

初観した時は衝撃だった。

『アンダーグラウンド』は国が亡くなってしまった旧ユーゴスラビア人にしか撮れない映画だったから。

あの映画を観た時に、日本人にしか撮れない映画を作らなければと思わされた。

そういう意味では、今作は太平洋戦争で愚かにも滅んでゆく様を幼児体験で見ている宮崎駿さんにしか撮れない映画だったと思う。

やはりこの作品は普通のアニメーション映画にはくくれないと思う。

二郎と菜穂子のキスは下手な実写以上のエロティシズムがあったし

冒頭の関東大震災もハリウッド映画等より余程怖かった。

実写の映画を観る様に観賞した方がいい。

後、この作品は罠が沢山潜んでいる。

飛行機好きがはまる罠、歴史好きがはまる罠、イデオロギーにとらわれている人がはまる罠。

まるでトゲだらけの薔薇の様に。

それらの部分に気を取られると、映画本来の意味とは違う余計な印象を持ちがちになる。

だから、この映画は観る度に印象が変わるし、観る人によって印象が変わると思う。

面白いかと聞かれれば、「そういうモノを期待してる人は観ない方がいいかも知れない」と今は答える。

時間が経てば答えも変わるかもしれないが。。。

映画を観た後に、カップルでもディベートするフランス人等には向いてると思うね。

多分DVD化されたら、何度も観るだろう。

そういう意味じゃ宮崎さんの

いや、嫌がる宮崎さんを口説き落としてこの映画を企画した鈴木敏夫の術中に、まんまとハマってしまった訳だ。

しかしまあ、72歳でこんな映画作られちゃ、我々若造はどうすればいいのか?(苦笑)