大雪山
最近とてもよく振り返ります。
愚かな精神や行動の反芻は死ぬほどしていますが、今回は現在の身体的な振り返りです。
部屋の間取りを言います。
中心のソファーに座しているとして正面にテレビと本棚、右側が全面窓、そして背面には壁があります。
そしてその壁には信仰対象が飾ってあります。
好きな芸術家の絵やブリスターに入ったフィギュア、レコードなどです。
これらの存在を確かめるために振り返ります。
ふとした時に振り返りますし、1日に何度も振り返ります。
映画を見てても無性に振り返りたくなり、私を飽きさせません。
理由↓
①鑑賞物(今回は背面に設置された物のみに絞る)は概ね不変です。
ゆるやかな劣化や崩壊は日常では全く感じませんので、体感恒久的に"あり"続けてくれます。
お馴染みの貧乏性も発動し、いっぺん金払っただけで長く楽しめる。そして "ある"だけで良いという素晴らしい次第です。
漫画や映画も生産側の労力に対し消費側の歓喜発動までのコスト(値段読む拘束時間等)の低さが、上記の理由に加わることで好むことを後押しします。
しかし鑑賞物の"みるだけ"に比べると歓喜発動の頻度は下がるため、最も目につく正面に本棚を、背面に鑑賞物を設置することでトータルでの喜び発生量のバランスを少しでも平らにしようという試みがあります。
②不完全な部分への補完の意味合いがあります。脳内の独自宇宙の展開は得手ですが伝達能力が大変不得手です。
イコール自らを表現という行動が著しくできていないと感じているようです。
伝えたとて、という事は都合よく無視しています。
25年経っても土台すら組みたっていない未熟で稚拙な私自身を、鑑賞物が上乗せで表現してくれるのではないかと期待しています。どうかイメージする背伸びした自分以上の自分を1%でも具現化してくれていますように。
③ 真剣MAXに自分を喜ばせる事ができる物を選ぶ必要があります。
長らく輪っかの外であったり、同じ敷地でも絶妙に組み込めなかったりが続いていますので、ソロ完結する娯楽を欲しました。
探さざるをえないから探したのか、対象の輝きに心を奪われたからなのか、どちらが先だったかは思い出せません。
どちらにしろ面識薄友人の誕プレを選ぶような訳にはいかなく、今思えば血眼で探していたように思います。
そういった状況のなか見つけ出した逸品たちがすぐそばにあってとても幸せです。
これから先も沢山出会えたらいいなと思います。
きっとある完成に向かって進む背面を楽しみながら、窓のある右面にコレクションケースを複数設置しています。
(自分なりに)ある程度の美しさを感じるようアイテムを陳列していくと安らぎを感じます。
そして壁をつくっているような感覚もあります。
正面右面背面はもう概ね大丈夫です。
そして左面は部屋の出口へと続いています。入口ではなく出口です。
そちらまで塞いでしまわないように細心の注意を払いつつ、城ではなく強固な意思ある部屋に留めておきたいです。
愚か者め、強固な意思のある人間から生み出されたただの部屋を目指せ。
あざみ