ちょっと長めの娘話。現時点では、我が家の娘にしては上出来だなと思うまでのお話。
※親ばかはこのブログの基本テーマなので温かい目で読んで頂ければ
幼少期
とにかくおとなしかった。
お友達出来るか心配する日々。
子育て広場、ふれあいセンター、公園など毎日どこかに連れ出した。
ひとり娘だった事。
どちらの両親も自宅から近かった事。
旦那の姉家族は遠方だったこともあり、孫への近さが違った事。
私の弟は結婚しておらず、帰省するたびに娘を溺愛してくれた事。
もちろん旦那も親ばかさん。
いっぱい構ってもらったおかげで、愛情いっぱいに感じた。
唯一の恐怖は私。
一度
「ママは〇っちゃんが大好きだから怒るんだよね
」
と号泣されながら言われたことがある。
一度も怒られたことのない我が父親に
「怒ってるところの自分の顔を見てみろ
」
と怒鳴られた事もある。
恐怖政治みたい💦今から思うと本当にかわいそうな事を・・・
ここだけは今でも後悔している。
ただ一人っ子だから甘やかされていると思われたくなかった。
家では変わらずゆったりとお話する子で、せわしなく生きている私にはない空気感。
義母との事で辛いことがある日々も何気なく寄り添ってくれる、癒しの子だった。
個人懇談に行くと
「いつも積極的に手を挙げて」
「率先して手伝ってくれる」
など、ほんとにうちの子?という事ばかりだった。
不器用で、何事にも時間がかかるけど
最後には何かしら良いものをもちかえる。
そんな子になっていた。
この頃から
「頑張ると必ず運もついてくる子だなあ。強運だな。」
と思うようになった。
中学時代
中学校から吹奏楽を始める。
実は私もしていたから、反対していた。
女の子同士のせめぎあいの最上級のような部活だったから。
娘はメンタル壊してしまうと思っていた。
その事もわかった上で
「入ります」
と決定事項として親の承諾用紙を持ってきた。
頑固だったんだと気が付いたのもこの頃から。
最初のターニングポイントだったと思う。
結果。
家に帰っても話しかけれないような状態の時も。
それでも頑張って頑張って
部長になって。
怒られまくって。
板挟みの中。
中学校初の
アンサンブル初の2チーム同時地方大会へ
夏は地方大会初のゴールド金賞(全国は行けなかった
)
強運ぶりを発揮している。
この時全国に行けなかった事が最後の後押しになったのか。
吹奏楽強豪校への進学を決めていました![]()
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中学吹奏の時に「頑張れ決起集会」として
75人分のおにぎりと豚汁を。
各家庭から10台の炊飯器を持ってきて炊いていると
教室のブレーカーが落ちました![]()
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続く~


