エホリハ〜JW2世のトラウマリハビリ奮闘記

エホリハ〜JW2世のトラウマリハビリ奮闘記

元エホバの証人2世のトラウマ治療、子育てに向き合う日々。
jw.org、ものみの塔聖書冊子協会、宗教2世、聖書についてのブログ

エホバの証人の2世の私が、小学生の時に先生にこんな風に関わってくれたら救われただろうなってことを、AIの助けを借りて短い小説にしてみました。


放課後の教室。

窓の外で、風に揺れる鯉のぼりが見える。


先生は黒板を消し終えて、

あなたのそばの席に腰を下ろす。


「宗教のことで、話したいことがあるって聞いたよ」


声は低くて、一定。

正解を待っていない。


あなたは、言葉を探しながら話す。


「エホバの証人で……

校歌が歌えません。

七夕の短冊も、鯉のぼりの絵も、描けません」


先生は、途中で遮らない。

メモも取らない。


「……みんなと一緒にやりたいです」


その一言が、空気に残る。


「でも、親が厳しくて

できないって言ってきなさいって言われてて」


ここで、胸が苦しくなる。

首の奥が、ぎゅっと固まる。


「本当はやりたいけど……

親にバレたら、鞭で打たれると思うと怖くて」


声が小さくなる。


「どうしていいか、わからないんです」


しばらく、沈黙。


先生は、考えている沈黙をする。

困っている沈黙じゃない。


そして、こう言う。


「教えてくれて、ありがとう」


それだけ。


次に、ゆっくり続ける。


「あなたの中に、

・やりたい気持ち

・怖い気持ち

両方あるんだね」


どちらかを選ばせない。


「どっちも、ちゃんと理由がある」


先生は、あなたをまっすぐ見ている。


「今日はね、

“どうするか”は決めなくていい」


胸の圧が、少しだけ下がる。


「先生が知りたかったのは、

あなたは何を大切にしてるのか」


「それがわかったから、

あとは大人の仕事にする」


あなたは、何も約束させられない。

何も背負わされない。


先生は最後にこう言う。


「ここでは、

あなたが悪くなることは起きないよ」


その言葉が、

初めて体に届く。


最大級のトラウマと向き合って乗り越えた。
永遠に死ねない世界で神の監視のもとに生きる世界の恐怖だった。
翌朝は何年振りかの熟睡感だった。
そして朝ごはんがこんなに美味かったことに感激した。
米ってこんなに美味かったんだ!と、
素材の複雑な味を感じられるようになっていた。

神経が警戒を解除すると、
生まれ変わったような体質の変化を経験するんだ。
10日間連続でトラウマが浮上して、
その度に向き合って乗り越えてきた。
その間はほとんど食欲がかったけど、ようやく今日になって空腹感や食欲が戻ってきた。
ここまで回復しても、まだまだトラウマは湧いてくる。

体調崩して、仕事もできなくなって、半年間
食欲も出なくて、体重はどんどん減っていた。

トラウマ記憶の浮上が毎日出てくるようになったこの10日間はとってもしんどかった。

毎日、数時間寝込んでトラウマに向き合って、
カウンセラーから学んだことを実践して自分で癒して乗り越えてきたけど、いつまでこの苦しみが続くのかと、先行きが見えなくて不安だった。

でも、今日ようやく峠を越えた気がする。
それでも今日もまたトラウマが湧いてきて、2時間半寝込んだんだけど、今は希望を持って向き合うことができそうな気がしている。

それは今日、回復が体感として、味覚として、食事の美味しさとして湧き上がってきたことが大きかった。

食事がおいしいことって、こんなに幸せなんだと思ったし、これがトラウマフジ込めていた、それを乗り越えて、自分自身を自分でわかってあげられるようになったご褒美なんだと思えた。


ある対人支援者向けメルマガを読んで、強くうなずいた。

「体にアクセスするのは抵抗が起きる」

まさにその通りだと思った。





トラウマ症状が強くなり、支援につながった経緯


私は宗教2世の当事者だ。
3年ほど前、安倍元首相暗殺事件の後、宗教2世の報道が増えてからトラウマ症状が強くなり、専門のカウンセリングを受けるようになった。
同時期に、精神科のデイケアで、マインドフルネスや認知行動療法を組み合わせたプログラムにも取り組んできた。


体の感覚を取り戻すと、楽になるだけでは済まなかった


瞑想やボディスキャンを続けていると、体の感覚に敏感になる。
すると、楽になることもあるけれど、それ以上に「不調」もはっきり感じるようになる。

体の感覚と一緒にいると、嫌な記憶や身体感覚が立ち上がってくる。
それを感じ続けていると、感情が湧き上がってくる。


「今の大人の自分」が、子どもの自分を受け止める


それを「今の大人の自分」が受け止めて、なだめて、癒していく。
すると、子どもの自分が少し安心して、感情が落ち着く。

その繰り返しを、ずっとやってきた。

体で腑に落ちた事実と、さらに深まった苦しさ


最近になって、母から愛されていなかったという感覚が、頭ではなく体で腑に落ちた。
それ以降、精神的にさらに不安定になった。
過去の性的な被害の記憶が蘇り、正直、人生でいちばん苦しい時期を過ごしている。

カウンセラーの力を借りて、なんとか耐えている、というのが実感に近い。

解離した存在とともに過ごす日々


また最近、夢の中で、解離した人格のような存在に出会った。
死にかけて、動けずにいるその存在のそばに、今の自分が一緒にいる。
そんなイメージを日常でも持つようになった。

フラッシュバックで寝込み、
身体感覚と向き合っていると記憶が湧き上がり、
それを癒す。

毎日、それの繰り返しだ。
食欲も、ほとんどない。

瞑想が「できるとき」と「できないとき」


ここまで書いてきて、私が本当に伝えたかったことがある。

普段の状態では、瞑想を習慣化するのは正直かなり難しい。
けれど、気分が悪くなり、トラウマ記憶が立ち上がるところまでボディスキャンをしていると、
1時間でも、2時間でも、マインドフルネスでい続けることができる。

「体にアクセスするのは難しい」の本当の意味


「体にアクセスするのは難しい」というのは、
ただ「感じられない」という意味ではない。

感じられるようになったとしても、そこから
ものすごい負荷が、いっきに吹き出してくることがある。

だからこそ、神経系がある程度安全を感じていたり、
支えになるリソースが整っていないと、
情動は大きすぎて危険で、ロックされたままになる。
それは理屈ではなく、自分の体験を通して、身にしみてわかった。

回復は「突破」ではなく、関係を結び直すこと


トラウマ記憶を一つ乗り越えるたびに、
当時置き去りにされた感情を拾い直すことができる。
それが、今の人生の方向性を示してくれることもある。
そのこと自体は、確かにありがたい。

ただ、その先に、さらに苦しい記憶が開いていく、
ということが繰り返されるのは、正直とてもしんどい。

それでも、急がず、無理に突破しようとせず、
自分を慈しみながら、
付き合っていくしかない体を自分自身が理解してあげて、
信頼関係を作っていくことが回復の道なのだと思う。

だって、今まで私が壊れないように、
感情を凍らせて守ってくれた私の分身なのだから。