ある対人支援者向けメルマガを読んで、強くうなずいた。
「体にアクセスするのは抵抗が起きる」
まさにその通りだと思った。
トラウマ症状が強くなり、支援につながった経緯
私は宗教2世の当事者だ。
3年ほど前、安倍元首相暗殺事件の後、宗教2世の報道が増えてからトラウマ症状が強くなり、専門のカウンセリングを受けるようになった。
同時期に、精神科のデイケアで、マインドフルネスや認知行動療法を組み合わせたプログラムにも取り組んできた。
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体の感覚を取り戻すと、楽になるだけでは済まなかった
瞑想やボディスキャンを続けていると、体の感覚に敏感になる。
すると、楽になることもあるけれど、それ以上に「不調」もはっきり感じるようになる。
体の感覚と一緒にいると、嫌な記憶や身体感覚が立ち上がってくる。
それを感じ続けていると、感情が湧き上がってくる。
「今の大人の自分」が、子どもの自分を受け止める
それを「今の大人の自分」が受け止めて、なだめて、癒していく。
すると、子どもの自分が少し安心して、感情が落ち着く。
その繰り返しを、ずっとやってきた。
体で腑に落ちた事実と、さらに深まった苦しさ
最近になって、母から愛されていなかったという感覚が、頭ではなく体で腑に落ちた。
それ以降、精神的にさらに不安定になった。
過去の性的な被害の記憶が蘇り、正直、人生でいちばん苦しい時期を過ごしている。
カウンセラーの力を借りて、なんとか耐えている、というのが実感に近い。
解離した存在とともに過ごす日々
また最近、夢の中で、解離した人格のような存在に出会った。
死にかけて、動けずにいるその存在のそばに、今の自分が一緒にいる。
そんなイメージを日常でも持つようになった。
フラッシュバックで寝込み、
身体感覚と向き合っていると記憶が湧き上がり、
それを癒す。
毎日、それの繰り返しだ。
食欲も、ほとんどない。
瞑想が「できるとき」と「できないとき」
ここまで書いてきて、私が本当に伝えたかったことがある。
普段の状態では、瞑想を習慣化するのは正直かなり難しい。
けれど、気分が悪くなり、トラウマ記憶が立ち上がるところまでボディスキャンをしていると、
1時間でも、2時間でも、マインドフルネスでい続けることができる。
「体にアクセスするのは難しい」の本当の意味
「体にアクセスするのは難しい」というのは、
ただ「感じられない」という意味ではない。
感じられるようになったとしても、そこから
ものすごい負荷が、いっきに吹き出してくることがある。
だからこそ、神経系がある程度安全を感じていたり、
支えになるリソースが整っていないと、
情動は大きすぎて危険で、ロックされたままになる。
それは理屈ではなく、自分の体験を通して、身にしみてわかった。
回復は「突破」ではなく、関係を結び直すこと
トラウマ記憶を一つ乗り越えるたびに、
当時置き去りにされた感情を拾い直すことができる。
それが、今の人生の方向性を示してくれることもある。
そのこと自体は、確かにありがたい。
ただ、その先に、さらに苦しい記憶が開いていく、
ということが繰り返されるのは、正直とてもしんどい。
それでも、急がず、無理に突破しようとせず、
自分を慈しみながら、
付き合っていくしかない体を自分自身が理解してあげて、
信頼関係を作っていくことが回復の道なのだと思う。
だって、今まで私が壊れないように、
感情を凍らせて守ってくれた私の分身なのだから。