<ある種の安堵。無能力学園へようこそ♡>
まぁまぁまぁ。
いやいやいや。
結果を読めば読むほど、書いてありましたわい。
体質はもとより
わたしの思考、感情の癖。
マインドの傾向。
ベーシックな不安定さ。
人生上よくある選択の背景。
遺伝子業界では、
「リスクがある」
という言い方をするのだが、
要するに、
「そこが苦手」
ってこと。
「負荷がかかりやすい」ってこと。
けして
「リスクがある」=「病気が発症する」
ていう意味ではぜんぜんなくて
(ここ大事❗️テストに出ます😻)
「わかっていればこそ、
適切な対策をしてあげられる📌」
「やさしく扱ってあげられる🌹」
て話。
(遺伝的リスクがなくても負荷をかけまくれば
トーゼンそれなりの結果が出る)
そこがよくわかっていたので、
「が〜ん😱」とはならなかったけれど、
割と、お成績が、よろしかったので。
しみじみ、じわじわ、キタよね。。。
アンタこの装備で。
よくここまで、来てくれた。
わたしはかなりの負荷をかけ。
今日ここまであなたを引っ張り回して
生きてきたのに。
よく、よく、つきあってくれた。
今日も、目を覚ましてくれて。
今このときを、ご一緒してくれている。
なんかさ。イイよもう。
イイよイイよ。生きてるだけでさ。
これ以上何事も為さなくて。いいよ。
廃人上等。
寝たきり充分。
無能万歳。
今までの、数え切れない、
過剰負荷の数々。
やさしくない扱い。
ももも、申し訳、ございませんでした。。。
て、
なった。
で、おもしろいのはさ。
リスクとメリットが表裏一体でもあるってとこ。
ある遺伝子を、
いろんな側面から観るんだけど、
あるサイドではリスクとみなされ、
別のサイドではリスクがつかなかったり。
例えば「口」は、
食べる為にも喋る為にも使うけど、
食べるには都合よくて、
喋るには不都合、みたいなね。
例えばわたしの
とある神経伝達物質(脳内ホルモン)の
リスクから生じる傾向として
いったん
「得られない、できない」
となったモノゴトについて
逆に得られるまでものすごい執着をする
というカタチで出てる、質がある。
これは、
恋愛的な場面では全く通用した試しはない。
けど、
踊りの技術、身体技術を獲得したのは、
むしろこのリスクによる部分も大きいなと思う。
学生のとき、お芝居のお稽古で、「エチュード」というものをやって、自分があまりにもキンチョーするのが、???だった。
何故人前だからって
ここまで緊張して手が震えたり、
しなきゃ、ならないの???
何故できないのか⁉️
ナットクが、いかない🔥
てことで、
人前に立つ、
プロになるってとこまでやらなきゃ
氣がすまなかったんだな。
おかげでものすごい
カラダの可能性、
感情の振れ幅を経験できたと思う。
リスク=悪 ではないって、話🌹
みんな違って、みんないい🙆♀️
みすゞ
<つづく>
<物理に敗北(笑)>
「私の遺伝子リスク」に対して適切な栄養素の
「サプリ」
を飲みはじめて3日経たないうちに、
私はいきなり「お片付け」をはじめた。
ずっと手をつけられないでいたところから、
モーレツに。
くやしいけれど
これがまず第一の結果。
圧倒的な事実だった。
お片付けが得意な人種の方々には
サッパリわからないだろう。
「やればイイじゃんやればできるから。
できないのはやらないからだよ。
やる氣なんかなくてイイの。
やりさえすれば、終わるから。」
コレが、「できる」の回路。
言い訳みたいだけど、
「お片付けが苦手」
という遺伝子リスクは、存在した。
とある神経伝達物質が
つくられにくかったり、
総量が少なかったりすると、
文字通り、「やる氣」が起きにくい。
身体がそのために起き上がっては、くれない。
モノの取捨選択が、苦痛。
ぜんぶ要るような氣も、
ぜんぶ要らないような氣も、
どっちもする。
しかし私には幸いなことに
「ゴミ屋敷だけは、ムリ!」
という経験と美意識が、あった。
お片付けしてお掃除して
綺麗になったお部屋が心地よいと
感じられる感性も、あった。
その他様々なラッキーが積み重なって、
よくテレビに出て来る「ゴミ屋敷」というレベルにまで達するのを免れて
ここまで生きて来れたと思う。
増大し続ける、エントロピー。。。
アレは、
わたしのお役目ではなかったみたいだけれど、
テレビやYouTubeでときどきお見かけすると、
とても他人事とは思えない氣もちに、なる。
そう、もっともっとツワモノも居るし、
そのことが全く氣にならないツワモノも居る。
部屋の状態を、
自分を叩く為に使うか否か、
不快という影響を受けるか否かも
人さまざま、脳さまざまである。
ここで
「私」と「お片付け」の関係性の変遷を
見てみよう。
<点検〜❗️お父さんと海軍ごっこ時代>
幼稚園〜小学校低学年くらい。
この時期、父親の点検プレイ(海軍学校ごっこ)
という外圧によって
私のお片付けは行われていた。
コレはコレで、楽しかった。
「予定表を書く」という行為も好きで、
別にその通りに過ごすわけではないながら、
何か整理整頓のヨロコビ、計画そのもののヨロコビを感じてはいた模様。
<「モノ」への困惑。お友達にもらったモノを捨てられない時代>
小学校高学年。
父親の権威がフツウに失墜していくと同時に
「お友達」が台頭してきていた。
お土産や、お誕生日プレゼントや何かでもらったけれど、正直いらないモノたち。
コレらの扱いにとても困っていた記憶がある。
「氣持ちだけ貰って、モノは捨ててイイ」
そういう発想に出逢うまで、
「よくわからないけれど捨てられないモノたち」
は増え続けた。
<アーティストにとって創作活動にとってカオスは大事という理屈>
20代〜30代前半。
このリクツによって私は「お片付けできない自分」をイッキに正当化することができた。
愛する作家、森博嗣先生やスティーヴ・ジョブズのデスクまわりがカオスで、創作環境ってのは混沌してなんぼや!という価値観は、女としてはお片付けできといたほうが一般受けするヨという、モテ常識、損得勘定をぜんぜん上回った。
実際一緒に過ごすことになるのは、男も女も、私の代わりにお片付けしてくれるような方々だった。
<渡仏。スーツケース2個への軽量化>
36歳。実家を処分し母親を看取った後、渡仏。
私の「お片付け」は当日朝になっても終わらず、飛ぶ鳥跡を濁しまくり、ルームメイトに丸投げ😱
のあげく、モーローと飛行機に乗った。
踊る衣装とほんの少しのお気に入りの服さえあれば生きていけることを知った。
が、帰国時はスーツケースの重量オーバーで1200€くらい払ったっけ😇
<宮古島へ移住。個人的民族大移動>
これはマジで、たいへんだった。。。
家一軒引き払って、
今度の荷物はスーツケース2個にはならず。
「モノがあると、
その情報を読んで、疲れている」
ことに氣づいてからは、
なるべく減らしていたけれど、
「.自分より長生きしてる家具」から安心を得ることもあり、そういうモノたちとの別れは体力を要した。
<庭。沖縄の植物たちの相手という大仕事>
宮古入り以降はもう、すべてが完全体力勝負。
片付けても片付けてもすぐ伸びるし
台風来るし、
暑いし、
この身体で、この体力で、
できることをやるしかないってことで
やっぱりどうしても後回しになってたのが、
おうちのお片付け。
けど、
庭が荒れ果ててると心も荒廃するし、
キッチンが美しいと氣持ちが上がるし、
寝室が整ってるとよく眠れる。
おうち時間が増えて、
サロンやスタジオの来客のためじゃなく
自分の心地よさのためにお片付けするようになったなと、思うわ。
こうしてお片付け視点で
人生をざく斬りしてみると、
お片付けの動機、モノとの関係性の変遷は
「人目」
人との関係性の変遷だった。
外圧とか正しさ動機でお片付けすることは
どんどんできなくなって、
自分の心地よさの為にしか、
動けなくなっていったという。。。
それでいい。
それがいい。
で、
話を遺伝子に戻すとだな。
そういう心地よさの為であろうとも
文字通り起き上がれないくらい
カラダの電力量が枯渇することが、
あるって話なんだ。
ブレーカーが落ちやすかったり、
配線が細かったり
ぶった切れてたりすると、
単純に総電力量が足りなかったり、
ときめき取捨選択ができなかったり、
優先順位をつけられなかったり、
ある回路ばかりが通電していて
ループループしちゃったり、
「わかっちゃいるけどついつい」
やっちゃったり、
やめられなかったり、
優先順位わかんないってことは、
「自分」をどの順位に置くべきか
わかんなくなったり!
今だったら笑っちゃうけど、ホントなのよ〜。
でだ。
そういうのがさ。
背が高い人低い人〜
かけっこ速い人遅い人〜
癖っ毛の人直毛の人〜
肌の白い人黒い人〜
が居るのと同じように、
「お片付け得意な人苦手な人〜」
も、
居たんだわ、今さらながら。
でさ。
その解決策がさ。
今回事実上ウチを片付けたのがさ。
「ビタミンD」とか「アミノ酸」だっていうのがさ。
ショックでさ(笑)
とっても敗北感なわけ。
「わたし」じゃないのよ。
「わたし」だけでは、できなかったの。
わたしのお片付けに必要だったのは、
まことのりとでもなく
アファーメーションでもなく
「栄養」
どうぶつ性タンパク質だとぉ⁉︎
にく⁉︎
たまご⁉︎
水だけで何十年生きてる人だって
いらっしゃるのに⁉︎
ここへきて
「栄養」だとぉ⁉︎
なんだかなぁ…
綺麗になったおうちで
電力UPしつつある脳で
心地よく過ごしながらも
複雑な氣持ちを捨てきれない私は
遺伝子や身体の仕組みについての学びが
腑に落ちていくとともに
次第に
アキラメともねぎらいともつかぬ氣持ちを
身体に対して抱くように、
なった。
<続く>
わたしの遺伝子分析体験記②
「片付けられない女」のアキラメと希望と。
<キッカケ>
「お父様のほうの家系の遺伝で脳の病気があるから、予防対策はしないとね」
10年くらい前、とあるアカシック・リーダーのリーディングで頂戴した言葉である。
その方は精度の高いリーダーであり
実際父はALSで亡くなっていた。
ときの私は40手前。
脳について
特に問題を感じることもなかったので、
「はぁ」と頷くに留まり
このお題はそのまま放置された。
「いつか、MRIみたいので調べてみたいかなぁ」
とは、思いつつ。
今年、信頼する方が開発した「遺伝子分析検査」を受けるにあたってそのことを思い出し、
プログラムの選択肢の中から「ブレインヘルス・コントロール」というものを選んだ。
自分の細胞を検査機関に送っで調べる
「遺伝子分析検査」
なるものを初めて体験したのは
昨夏、激しく体調を崩していたとき。
うすうすやばいと感じていた食生活に
事実を突きつけて
ガツンと喝を入れようと意図した。
結果とカウンセリングを受け
食事をキッパリ変え
体調は、めでたく復活した。
…はずだったが、
今年の私は多忙とストレスにあっさり負け
昨年覚えた「わたしの遺伝子に優しい食生活」を
続けることができず
またも絶不調に陥り
自らを扱いかねていた。
昨年の遺伝子検査のとき
丁寧なカウンセリングで食事指導してくれた方が
既存の検査キットに飽き足らず
ご自身で開発に至ったというプログラムの存在を知り
既に販売に興味を持っていた私は
販売及びカウンセリングの資格取得とあわせて
自分実験で検証を行うことにした。
自分の頬の内側から削り取った細胞が語る情報
を目の当たりにすると、
人はさすがに自ら生活を変える。
自分の身体に適切な自己愛を与えるキッカケの
起爆剤としてかなり強力な説得力であり
持続的に有効だと
私は感じていた。
とはいえ
住みながらの家のリフォーム、
庭へのアースバッグ塩工場建設、
体力的負荷の激しい塩づくりのお仕事
などなど
「すご〜く・楽しくて😻
ついてく身体も
すご〜く・タイヘン🤩」
な環境変化に身を置いた数ヶ月
私はその起爆剤で始めたところの
「適切な自己愛」
「身体にやさしい食生活」
をキープすることができなくなり
朝までネトフリ廃人🙋♀️
ご飯は
カラダに悪そ〜うな、スーパーのパンだけ🍞
みたいな
カスカスの都会っ子のひとり暮らしモード
に戻ってしまっていたのが
事実であり
そんなには、「期待」はなかったと思う。
何が出て来るかわからないけど、
「危機感」を感じられたら
私はまた私にちゃんと
栄養のあるご飯をつくってあげたり、
できるように、なるかいなぁ〜。。。
くらいな。
しかし
「アタマではもうわかってるはずの、
カラダでもソートー痛み入ってるはずの、
自分の身体を救う選択肢
を取ることが、
できない」
アン・コントロール。
という点では
私の状態は昨年よりも極まっていたと言える。
そんな流れで、遺伝子分析検査を受けた。
結果が返って来たのは、ひと月後の8月。
お誕生日の日だった。




