今日もご覧頂き誠にありがとうございます
お待たせ致しました
日系ブラジル女子の人生記第2話、群馬に移るの巻ご覧ください
私と母、そしてY氏(
)は愛知県でギリギリの生活をしていた頃、群馬県に住んでいた祖父母(私の実父の両親)から日系人を扱う会社での仕事を紹介できるという事でみんなで群馬県に移りました(当時六歳
)
)は愛知県でギリギリの生活をしていた頃、群馬県に住んでいた祖父母(私の実父の両親)から日系人を扱う会社での仕事を紹介できるという事でみんなで群馬県に移りました(当時六歳
)最初の一年間は祖父母とみんなで暮らしました。幸せだったなぁ〜〜
ジイちゃん、バアちゃんに可愛がってもらって…いや、可愛がられすぎて気づいたらパンパンに(ドスコーイッ
)
)朝からジイちゃんと生卵を飲むから始まり、ご飯の前はカップラーメンやコロッケ食べまくって、そして食事以外は寝ていました
buhiiiii
そんな私が小さな幸せを感じていた背後で、母とY氏の間に亀裂が入ってきていました。価値観の違いや性格の不一致から喧嘩が絶えませんでした。そしてY氏はその性的鬱憤を私にあててきました。Y氏の股間をサワサワさせられたり、おしっこを見させられたりと当時六歳の私には彼の行動はチンプンカンプンだったでしょうねー。それでもパパぁ〜と懐いてましたねー。今となって振り返るとロクデモナイやつだったなぁと思います
後にすぐ二人は別れる事になりました。あーよかったー
母は紹介された日系人用の派遣会社で事務員として働く事になり(日本語がままならないのにスゴイなぁ
)結果、勤務歴25年以上。その会社の看板おばさんになっていきました。
うちの母は日本語がちょっとおかしいです。私も人の事言えませんが
自分の事をお母様と言っておられました。学校に連絡する時もビアンカちゃんのお母様です。と、堂々と言っていましたハズカシー
自分の事をお母様と言っておられました。学校に連絡する時もビアンカちゃんのお母様です。と、堂々と言っていましたハズカシー
そんなわけで長くなってしまいましたが、今日はここまでにしておきます。
最後までお付き合い頂きまして誠にありがとうございます



次回は、小学校に行くの巻〜お楽しみに〜〜


