大人の対応と失敗は表裏一体
震災は金曜の午後だった。
案の定、首都圏の交通網は乱れに乱れ、数十キロの家路を歩く人や帰宅難民であふれかえった夜だった。
翌週も交通網はマヒ状態に近く、電力供給不足の煽りもあって通勤通学の足は大混乱だった。
そんな中、ウチの事務所で16日~18日の3日間について自宅待機指令が出た。指令が飛んだのは16日(水)の朝7時半頃の事だ。
・・・ちょっと話しがややこしくなるが、今居る事務所は他部門の本拠地であり、業務の上で一緒にいる方がメリット大という事でウチの部門の一部が間借りしている格好になっている。
ウチの部門の本体は別ロケーションに本拠地を構えており、組織上の指揮命令系統も当然自部門のラインである。
そんな中、自宅待機指令はウチらと机を並べる他部門のラインから出た指令だった。。。
弊社規定では、自宅待機となる条件を3つ挙げている。(災害や天変地異等の場合を除く)
1)最寄の公共交通機関が動いていなく、出勤が困難である事。
2)上記以外、概ね1時間半程度の徒歩による移動をしても他の交通機関が無く出勤が困難である事。
3)上司の指示による。
私は、16日朝の状況は上記の3点のいずれにも当てはまらないと判断したが、自部門のラインから自宅待機指令が出るのかどうかが不明だった(状況的に指令は出ないだろうと踏んでいたわけだが)為、部下9名に対して自宅待機するかどうかを各自の状況次第で判断し、出勤するか待機とするかを毎朝報告せよとの指令を出した。
結果、8名が出社の意思を示し7名が出社して通常どおり勤務した。
(そのうち1名は、高齢かつ遠距離通勤だったので電車がまともに動いていないうちは無理出来ないと考え、出社を遠慮頂いた)
残り1名は出勤途中であったがこのアナウンスを受けて自宅へ引き返し・・・23区内に住居を構え、9名の中では2番目に近距離の男(もうすぐ50歳)である・・・翌日(17日)はこちらから確認するまで出欠の報告が来なかった。18日は他の者が「遅刻するが会社に向かっている」とのメールを受けて、「具合が悪いから自宅待機する」とメール返信をしてきたのだ。
・・・・どこの世界に具合が悪くて自宅待機するヤツが居るのか?そりゃ単なる休みじゃねーのか。。。
時は過ぎて3月末日。ヤツの勤務報告書には16~18日は「特休」と記載されていた。
当然、上司からの自宅待機指令は出ていないのだが。
本人に「何故特休を付けているのか?」と聞くと、「自宅待機指令があったから」と。。。
「誰も指令は出していないが?」と言うと、「他部門が自宅待機と聞いたからそれで自分にも指令が出たと判断した」と。。。
「その判断は間違っているんじゃないか?」と聞くと、「あの連絡を受けて自宅待機じゃないなんて、騙された」と。。。
「毎日出欠について連絡せよと伝えてあったが?」と聞くと、「あれー、連絡してなかったっけ。。。」
・・・他8名は自宅待機なんて言われたと思ってないんだが。。。
何を思ったのか、ヤツは31日の夜にラインの部門長をCCに入れて俺にメールをして来た。
上記の顛末は「自分は悪くない」と主張して。。。
俺は、
「連絡メールの文章が判り難かったようで申し訳ないが、勤務報告書上は有休扱いなので了解願う」として4月1日の朝早くに本件を片付けた。
当然CCに部門長を入れてである。
本人はこれで御満悦だろう。こちらに非があった形になっているからだ。
しかし、メールの内容を紐解くとおそらくは誰が見ても「自分に都合の良い勝手な解釈」と読める文章になっているのだが・・・
結果、俺は部門長に対して本件を説明する必要が出てしまったと言うわけだ。
さて、今後どうやってコイツを処遇してやるべきか、その前に上司としてどういう対処をしなければならないのか、
44才としては非常に悩ましい限りである。。。。
百か日
明日から実家へ帰省してきます。
今年になってから、5度目の帰省になります。
父が3月に亡くなりました。
一昨年の暮れ、何気なく不調との事で検診を受けたところから始まり、
精密検査~検査入院~膵臓がんの疑い~年末に手術と流れ、
年明け早々の退院~再入院、放射線治療、抗癌剤治療を継続して去年の夏には
かなりのところまで回復した様子だったのですが、
秋に転移が見つかり、再び入退院を繰り返す生活となりました。
明けて今年の初め、毎月の血液検査の数値は治療の甲斐無く悪化の一途。
薬を変えての治療にも副作用との戦いから容態は優れず、2月の連休に
お見舞いに行った際、主治医の先生に話を聞く機会があったのですが
転移の数が更に増えているとの事。
3月後半の連休にまた来るから、の挨拶を最後に、
3月7日の朝、病院で一人静かに息を引き取りました。
ちょうどその前日に家内が一泊二日で見舞いに行っており、
その日は何事も無く普通に過ごしていたとの事。
夜は実家へ泊まり、翌朝の病院から呼び出しの電話があって
駆け付けた時は蘇生処置の最中だったそうですが、
近所の親類が集まるまでの時間を持たせるのが精々だった様です。
父の日記には、当日の朝6時に体重を量っていたメモが残っていました。
6時半頃の容態や気分についても書かれており、おそらくその直前までは
意識もはっきりしていつもどおりにしていたのでしょう。
全く突然に、ある意味誰にも手間ひまかけさせず、自分一人で逝ってしまったのは
本人が日頃から望んでいた形だったんだと思います。
後日病院へ挨拶に伺った際、主治医の先生から話を聞くことが出来ました。
その時の状態(所見及び血液検査)から推察するに、脳幹部出血があったのではないかとの事。
更に、壊れた細胞液が血液に入り、血液の組成が生存不可能な状態に変質して
短時間のうちに死に至ったのであろうと。
本人も春の退院を目指して頑張っていたが、結果としては体が抗癌剤治療に耐えられなかった、と。
薬の止め時はあると思います。
どこまでやれば効果があるのか、あるいは、引き際はどこなのか、
膵臓癌治療はまだまだ発展途上で、人によって状況もまちまちであることから
なかなか判断が難しいところです。
結局のところ、本人や家族がどこまで話し合えるか、医者とどれだけ真摯に向き合えるか、
みんなの意識をどれだけ合わせられるか、が
良い治療を進めさせる唯一つの方法じゃないかと感じています。
18歳の春で家を出たとき、きっと親の死に目に会うことは出来なくなってしまうだろうと
ぼんやりながら想像しておりました。
一人っ子で親の庇護の元にのうのうと生活し、大学~社会人~結婚~現在に至るまで
離れていても色々と気に掛けていてくれた事、今更ながらに思い出すも
何一つ恩返しが出来なかったまま終わってしまいました。
2月に会った時、親父に言おうと思いながらも何故か照れくさくて言えなかった台詞、
いつの日か俺が死ぬ時に、息子がそう感じていてくれる様な人生を送りたい、と想う。
その仕事、好きですか?
何を甘えたことを、と言われそうな話題ですが・・・
私は仕事が好きじゃアリマセン。というか、嫌いです。
でも、働かなければご飯が食べられません(資本主義社会においては・・・まれに例外もあるでしょうけど)。
どうせ働く(仕事をする)なら、好きなことをやった方が良いに決まってます。
でも、きっと好きな事でもそれが仕事となると、無理をしなくちゃいけない場合も出てくるかもしれません。
そんなことを思うと、おいそれと好きな事だからと言って仕事にしてしまって後悔する場面に出くわすのもなんだし・・・
今の会社、どうして勤めることになったんだろう?
たまたま入社試験に受かったから・・・・かなぁ。。。
他にも行きたい会社(行ってみたい会社)があったけど、そっちは縁が無かった(こっちで受かっちゃったからもういいや、ってのもありつつ・・・)のでしょう。
サラリーマンやってると、色んな仕事(業種や職種、担当業務レベルまで数えると、ホント色んな仕事やりましたわ)に出会えます。
色んな人にも出会えます。上司、同僚、部下、客先、協力さん、等など・・・
もうこの歳になると、好きだの嫌いだの四の五の言ってる場合じゃないですし、
嫌いな仕事でもどうやったら楽しく?やっていけるかもなんとなく感覚的には掴めてて
それなりにこなして回してやっていけるもんじゃないかと思うんですが・・・
どうしてお前にはそれが出来ない!?
何故、前向きに仕事をこなすことが出来ない!!??
組織で仕事をしている以上、一人でもそーゆー面子がいると、
全体に悪影響を及ぼしてしまいます。。。。
まだその輩が若いなら、指導育成の対象として色々手を差し伸べることが出来るのですが、
なにせ年上の部下(この辺がサラリーマンチックですな)、しかも本人はめちゃくちゃ努力してるし
仕事も人一倍頑張ってやっていると自負(=思い込み、なだけなんですが)してるというたちの悪さで。。。。
作業が進まないのは自分の上流工程の出来の悪さ加減のせいだと。。。
確かに上流が上手く回ってないのは事実。こちらから見ると上流の担当者がしっかりした成果物を
出して来てくれない形になってるのも事実。
けど、 けど、
だったら、上流が上手く回るための手助けを何かしてみたことはあるのか?
自分の仕事を上手く回すためには上流工程の成功無しには有り得ない事が判っていながら、
何故そこにメスを入れることが出来ないのか?
上流工程が改善されなかったとしても、自己の作業の中で上流の悪さをカバー出来るような
動きは出来ないのか?!
仕事の最終的な目的地と言うのは、その個人が担当している業務の遂行にあるわけじゃなく、
組織なり会社なりがやり遂げなければならない事柄を完成させる事にあると思う。
その事柄をやり遂げるために10の要素があったとして、自分がその中で担当しているのは
せいぜい1というところだろう。
1をこなす事が目的じゃなく、10をこなす為に1を担当してる、という考え方で仕事をしないと
少なくとも組織の中では通用しないと思う。
もうすぐ50代に手が届こうという人なんだから、それぐらい理解して欲しい。
ちゃんとやろうぜ。
どうせやるなら、”やらされてる感”より”やってる感”だろ。
嫌いな仕事でも、前向きに捉えられる様成長しようぜよ。
そうすりゃ好きになるかもしれないし、
好きにならなくっても、今よりはマシになるだろ。
それが全体の為、ひいては自分の為になる、な。