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フレッツ光:申し込み 【板橋区】赤塚 舟渡 大山金井町 葉隠武士道から学ぶ日本人のあり方1.

「三河物語 葉隠」の中に「武士道とは死ぬことと見つけたり」
という言葉があります。

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私は、この言葉こそ日本人の魂、すなわち大和魂だと感じます。

死んで生きる、つまり最悪の死を受け入れて、
最高に生きるという考え方です。

死ぬのを恐れて生きている人と、死を恐れずに生きている人と、
どのくらい生きるエネルギーが違うでしょうか?

人は誰でも生きたいと思います。

だから、生きるほうに理屈をつけようとします。

それでは、武士の世界では、腰抜け侍になってしまいます。

「葉隠」には、「毎朝毎夕、心を正して死を思い、死を覚悟し、
常に死と一つ身になっていれば、武士道も我が身と常に一つで自在となり、
一生落ち度なく、武士として我が身に与えられた職務を
やり遂げられるだろう」と書かれています。

「死んでしまっては元も子もない」というのも分かりますが、
この自分の信じた道を命をかけて進む覚悟、力こそ、
社会を守る原動力だと感じます。

徳川光圀は、真の武士は、いたずらに死を求めるべきではない
と少し違った見方を紹介しています。

「戦場に飛び込み、死ぬのは簡単であって、
身分の低い者でもだれでもできることである。

生きるべきときに生き、死ぬべきときに死ぬのが真の勇なのである」

犬死は軽蔑されるということです。

しかし、徳川光圀の立場からすると、
有能な武士が死ぬことは非常に残念なことでしたので、
この言葉の意味も理解できます。

しかしながら、真に強い武士、恐ろしい武士は、常に死を覚悟して、
真っ先に危険を冒して飛び込んでいく者ではないでしょうか?

死を恐れず、命をかけて殿様にも諫言するので、
殿様も恐れて悪政はできないのです。

葉隠のような武士道があってはじめて
武士社会も凛とするのではないでしょうか?

明治維新の吉田松陰や坂本龍馬たちもそうでした。

彼らは、死んで生きている人たちでした。

国を守った特攻隊員たちもそうでした。

彼らは、自分の命を惜しまず、死を覚悟して生きた人たちでした。

この精神こそが、日本人の根底にある「大和魂」の精神です。








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