メイプルスポーツスタジオ -12ページ目

全国大会前

タウンニュースに掲載していただきました

 

 

 

気合十分だった矢先

 

 

突然の全国大会中止

 

 

大会に向かってレッスルウィンと5回も合同強化練習を組んでいただいた

 

レッスルウィン、FIREBOYSの選手ともにいい仕上がりだったので

本当に残念だ

 

しかし中止が決まった後、ありがたいことに

永田先生が選手たちのモチベーションを下げないようにと

日曜日、合同練習

感謝

 

みんな、しっかりと前を向いて

次の目標に向かって頑張っていこう 炎

 

 

西日本学生選手権大会優勝

FIREBOYS OB 岩野駿(福岡大学2年)
 

 

あれから12年、今でも鮮明に憶えている

はじめて会ったとき、小さく細く(20㎏もなかった)

 

見学に来ただけの駿に「ちょっとやってみようか!」

天性のスピードとしなやかな身のこなしに驚愕した。

 

自分との相性も良く、素直で明るい性格は

何でも受け入れ、あっという間に強くなっていった。

 

結果もすぐ着いてきた

 

レスリングを始めてわずか半年後

全国大会で最激戦階級での3位入賞

 

小学生時代は全国大会で優勝こそできなかったが2~6年生まで全国大会、全国選抜大会は全て準優勝or 3位入賞した。

 

この頃、練習帰り自分の家にきて自分の作る不味い晩飯を壮と3人で週に何度も食べていた

 

しかし中学生になって壁にぶつかった。

 

成長が遅く、最低階級に体重が足りないほど体が小さく中学生になった力のある選手たちに全く歯が立たなくなっていった。

 

チームの選手達は好成績を上げ全国でも注目を集める中一人蚊帳の外状態で練習にも身がはいらない時期が続いた。

明るかった性格も、笑顔が消え口数も少なくなっていった。

小学生の時代からは考えられない3年間だったと思う。


 

自分に駿の同期、小学6年生から中学にかけて急成長中の将太郎へ

強豪校、自由が丘学園高等学校から話があった。

 

ファイヤーボーイズの選手は高校から誘いが来るのが当たり前の中、駿には声はかからなかった。

 

中学3年生でも38キロと小さくこの世代の自由が丘レスリング部には必要のない選手だということは自分も理解していたが

「体さえしっかり成長していけば必ず結果も付いてくる、他のファイヤーボーイズから輩出した全国チャンピオンにも負けないものを持っているから」と監督に押しに押した。

 

それから全ての強化練習に参加、黙々と練習に打ちこむ姿を見てもらえるよう本人にも伝え実行させた。

監督が毎週、駿を見る回数が増えてきた。スパーリングをしてくれるようになってきた、何度も何度も。

 

数か月後、正式に監督から「畑君と岩野君、二人を自由が丘レスリング部にあずけてください」

嬉しくてその場で泣きそうになった。

 

3月、入学前の二人の送別会の時、最後に将太郎には「浮かれるな。調子に乗って羽目を外すな」

駿には「真面目にしっかり練習に打ち込め」なんて感じの言葉で送り出したと思う。

 

今でも必ず盆暮れにはFIREBOYSにきて後輩たちの練習を見てくれている

今年はこんな状況だから帰省出来るのかわからないが自分が作る不味い飯を壮と3人で食べたい

 

「努力は、練習は裏切らない」選手たちによく言ってる言葉だが

駿にあらためて教えられた気がする。

 

駿 優勝おめでうキラキラ

 

 

   レスリング協会公式サイト

https:/www.japan-wrestling.jp/2020/04/164598/