与えられた天命。
こんな風に言われるとちょっとロマンを感じるのは私だけでしょうか。
スワ=自分の
ダルマ=義務
スワダルマというのは、サンスクリット語で義務、法律、成長、育てる、与えられたなすべき使命、天命など、自分を自分として成り立たせているエッセンス、サンスクリット語の辞書を引くと2ページに渡って説明が書かれているぐらいたくさんの意味があるみたいです。英語で言えば、What we are made to do. (何をするためにための作られた私たちなのか)という事で、一般的には「天命」、「自分がこの生の中でなすべき義務」と訳されることが多いです。
これで、結構(いや、かなり)トリッキーで、
たくさんの人が、What we shoud do.(何をするべきか)と捉えてしまい、
みんなにいい人と思われるようにしなければいけない。
みんなに慕われる上司でなければいけない。
家族思いで世話がしっかりできる母でありたい。
子供に泣き顔を見せてはいけない。
あれもこれも、完璧にできなくちゃいけない。。。延々に続く。
と、なり。
結局のところスーパーエゴ=こうしなければいけないと思う自分
を思い描いてしまいがちです。
ただ、私のメディテーションの先生によると、それはあなたの頭の中にいる
Wagging finger(指をノーノーと振る自分の中の自分をジャッジするため自分)
であって、それはただの役に立たないゴミなのです。
確か、斉藤一人さんに言わせれば、あなたの頭の中にいる「悪徳裁判官」って言っていた気がします。
人は完璧ではありません。
みんなそれぞれにいい所があって、それぞれに悪いところもある。
良くも悪くも、それを総合したのが自分なんです。
例え話をしましょう。
自分は鹿として生まれてきたとしたと仮定したときに、鹿がライオンになるのが夢だったとします。ライオンって生まれながらの王者で、堂々としててかっこいいじゃないですか。ただ、鹿は鹿でしかなく、どんなに努力をしても、筋トレしても、どんなに怖い顔をしても、ライオンになることはありません。鹿のお腹は草を食べるようにできているので、ライオンのように肉を食べることもできません。身体の仕組みもライオンとは違うものなのです。
私たちも、それと同じです。
どんなに数字に強くなりたいと思っていても、数字とアルファベットの羅列を見ただけで気が遠くなる人もいれば、1回聞いただけで数字をスラスラ覚え、計算できる人もいる。明るくみんなと気軽に話したいと思っても、恥ずかしがり屋で慣れた人と出ないとうまく話せない人もいる。反対に、もっと思慮深く話せたらいいのにと思っている話好きな人もいる。結局、同じ事柄にも陰陽はあるし、それはどっちに動いても間違いでないんです。ただ、違い性質なだけ。
それなので人って、完璧ではないけど、絶対に、絶対に、絶対に、どこかしら「いいね!」と思う要素を持って生まれてきています。そして、意外に自分が「ダメだ」と思ってコンプレックスを抱いていたことが、見方を変えるだけで実は「すごくいいところ」になったりもします。
なので、まずは自分のできることと、できないことを受け入れた上で、
自分を生かすのにベストなところはどこかと考えた方が前向きなのです。
それともう一つ。
与えられた天命を生きていないと思っているあなた。
お知らせがあります。
今、現在のあなたの天命は、あなたの今、面している現実なんです。
どんな現実を目の前にしているのかはわかりません。
ただ、今、目の前にあるということがあなたが今対応して感謝するべきことになります。
ウチの上司がキツくって。
ウチの旦那、全然家に帰ってこないのよ。
ウチの子供が全然言うこと聞かなくって。
なーんて思い、そこら中に溢れているでしょ。
でも、これて裏を返せば、
ウチの上司キツいけど、それだけ自分に期待してくれてるんだよね。
ウチの旦那、家族のために外で一生懸命働いてくれるのよね。
ウチの子供、自分がしっかりしてて将来有望なのよね。
なんて考えることもできるのです。
または、
こうしたら上司がもっと優しくなるのかな?
こうしたら旦那も早く家に帰ってきたくなるのかな?
こうしたら、もしくはしなかったら子供も素直になってくれるのかな?
という人生の実験場である認識をして、その積み重ねの上で自分にとってよくなる事をどんどん選択をしていけばいいんです。
「やめる」という選択もあるんですよ。
どんなに頑張っても、自分にはもう無理だと思ったら逃げてもいいんです。
そして、今は辛くても辛くても先を信じて「続ける」という選択をしてもいいんです。
どこにも正解はありません。
全ては自分次第なんです。
だって、自分の人生だから。
あなたにとってのベストはあなたにしか判らないものなんだから。
そして、自分の天命を生きるのには周りの意見ではなく「自分で決めて、覚悟していく」ということをひたすら繰り返した先に、自分でも気づかなかった自分の天命を生きることになるのではないでしょうか。
そう思うと、どんな行き先になるのか楽しみですよね!
