こないだ仕事中、

1人バックパックをかつぎ歩く須藤元気と普通にすれ違いました(笑)


全然時間がなくて声をかけれませんでしたが

いろいろ話してみたかったです。





大学3年の時、ゼミでディベートをやりました。


その時に強く感じていたのですが、

ディベート方式のディスカッションのやりすぎはよくないということです。


ディベートの大きな目的の一つは、

「自分たちのメインロジックを最後まで通すこと」


どんな質問が来ても

そのロジックが本質的に正しいのか間違ってるのかは別として

半ば強引にでも納得のいく回答をし続け、

審査員に見える印象を最後までよく保てた方の勝ちです。


ディベートで強い人は

相手の主張、質問のロジックの抜け目を探して

そこを徹底的につぶしにいきます。


ほんとに強い人の

つぶし方は見ていて不快すら感じます。


ただ単に考える力を身につけるためのディベートであって

それを様々な場所でのディスカッションでやるべきではないです。



勝ったか負けたか


そこに本質はないはずです。



物事にカンペキ、絶対はないのだから

どちらの主張にも本質は隠れているはずです。


本当にすべきはずのディスカッションはきっと

互いのメッセージに隠れている大切なところを引き出しあい

上手く融合させながらベストな答えを見つけ出していくことだと思うのです。


2つの対立の間に答えがあるのに

どちらかが唯一絶対のような形で終わるディベートが

僕はたとえ議論に勝ったとしてもあまり好きではありませんでした。



まあなんだか突っ込みがきそうな抜け目の多い主張ですが(笑)

新しい何かを生み出せるディスカッションの力を鍛えていきたいです。






会社の近くに自動販売機があったのでらーめん缶 を食べてみました。


麺がこんにゃく麺ということでちょっと変わった感じですが味はふつうにらーめん(笑)

ただ何がと言うわけではないですが何かが違う気がします。


かの「カップラーメン」を生み出した安藤百福 さん以来のイノベーションを期待したのですが

あともう一歩という感じでしょうか?


冬とかならけっこう売れるのかな~。



まったく新しい生活が始まってから早3週間。

毎日刺激的で学べることがたくさんあります。


今日学んだ、教わった中で一つを書き残しておきます。



「否定からはいってはいけない。そこには学びがない。」



何でもそうだと思いますが、人は何かを発見したり何か新しいことを

はじめようとしたときに、今までの自分の枠組みでとらえます。


そこで、これはありえないとか、これは絶対にこうだという否定からはいってしまうと

そこには真の発見はありません。己の限界を超えることはできません。


要するに「思考停止」になってしまうということでしょうね。


自分を振り返って、自分のない頭とちっぽけな経験という枠組みで

物事をとらえていることって意外にあるような気がします。


危険です。デンジャラスです。


まず物事をそのまま飲み込み

なんでそうなのか、そこにはきっと必然性があったのではないか

という問いかけを常にしなければなりません。


日々の中で強く意識していきたいです。



今日あるMTGで尊敬する上司の1人の方から改めて「言葉」の大切さを教わりました。


言葉ほど重要で奥が深く、扱うことが難しいものはそうないでしょうな。



考えてみれば当たり前ですが

人は言葉によって喜んだり悲しんでみたり、感動したり憎しみあったりします。

何を言葉にして話すか、書くかによってその人の人となりを判断されてしまいます。

よくも悪くもたった一言言われたことがずっと記憶に残ったりします。


もっと言うと何を言葉として発するかというのは

その人の人格形成にも大きくかかわるらしいです。



口は災いの元とはよく言ったもので

自分では意図していなくてもちょっとした言い回しの違いで

相手を傷つけたり、傷ついてしまったりもしますね。


たまに暗黙の了解などといって

言葉が軽視されるようなことがありますが

それはおそらく難しさからの逃げでしかないのではないでしょうか。



相手の気持ちに対する配慮を常に怠らず

相手の文脈にそって言葉を選ばないといい対話はできないでしょうし、

何かを人に伝えるには、

ポイントをつかんで適切な言葉で分かりやすく相手に説明する必要があります。


でもきっとスラスラしゃべればいいってもんでもなくて、

むしろ適度な間を入れ適切な言葉を探しながら、

時には違う言葉で言い換えながらの方が

相手に信頼を与えるような気もします。


声の温度というかトーンや、スピードの方が

伝える内容よりも重要なこともあるでしょう。



それに言葉の前提には

その人その人の考えがもろに反映されているので

何を考えているのかも重要なのでしょうね。

より深く広く、バイアスがなくそれでいてオピニオンのある考えを

もとにした言葉であれば人に伝わる気がします。


言葉だけ取り繕っても

その言葉に力はないでしょうし、

言葉ではないその人の持つ雰囲気、

表情なんかからごまかしはきかなそうです。



と考えれば考えるほど、難しく奥が深い「言葉」。

それがゆえ、素晴らしい言葉を使う人は尊敬されるのだと思います。


日々よく考え、あたたかく優しく

それでいて力強い言葉が使えるようになっていきたいです。