
日差しが強くても、
緑道ですこし賑わう週末の、
なんかやっぱり冷たい飲み物片手に腰下ろして周囲に溶け込んでみたり。
まあアタマの中は常に根深い課題がうろついてるというか,,
待ちに待ったイベントも犠牲になってしまった人たちも。
久々のステージ、「この夏こそは」と臨んできた「今年の夏」も奪われてしまったこと。
ハラワタも煮えくり返るほどの強い口調、
でも自身の真夜中泥酔宴会は別腹、
「若者」と「大人の事情」のVS構図に拍車かけるようなその温度感は非常に高く。
“我々はクラスターを100%発生させることはない” と言い切れるのか否か。
何が正解かもわからない。
でも心が痛いのは皆いっしょ。
もうね、コロナだなんだ世知辛い中、正しいことで注意深く語るより、
それこそ、過ぎてしまったことを忘れずにいれるより
「元気」だとか「勇気」が得られる言動が圧倒的に貴重だとおもう。
今きれいごと言えないやつに魅力を感じないし、
なるほど
これはむかしから敏感な言葉だったといま気付いたし
だからといって“どこで誰が見てるかわからないから品行方正でゆけ”
という若干気抜けするような意味合いでもなく
それこそ自ら悪役買って回し出すのでもなく
そんな一連すらさらにもっと遠くで見つめてる誰かが今目標に向かう過程でゆっくり確実を得てるのかもしれない。
俺が文脈落とすうちに。
真夜中の泥酔宴会してるうちに。
「元気」とか「勇気」とか
そういった類いの(人によっては)特色ない言葉が持つイメージすらありきたりでつまらないと視線外そうもんなら
「ありがとう」の言葉も非常に退屈なのでしょうか。
最近はすこぶるシンプル。
着なれたオーバーteeの出番が多い。

