日常を過ごしてて何気なくふと侵入してくる言葉だったり文脈が数多くありますが、
たまには目に見えるかたちで残したろうかと。
なかなかクールな男のことを。
「どんな想いも自分のためになってしまう」という彼は
全力で誰かのことを記す場合でも、
「すべては自分のためになってしまう」と。
自分自身で生み出した《5分ちょっとの魔法》は、やっぱり自分のため。
そうね、
受け手からしてもそう思う。
たしかにそのままそう思う。
とはいえ
彼が他者に(もしくは深く潜った彼自身に)寄り添う意志、
さらにはその《5分ちょっとの魔法》をまるで自分一人で背負うかのようなその全体から逸脱した、すみっこで咲く花のような強烈でとてもパーソナルな1行。
「この一言が言えれば俺は俺でいれる」
ばりの。(憶測)
メロディーや全体を示す映像も相まった、
シャボン玉レベルの柔らかなやさしい強烈な1行。
彼が単に秀才だの、情緒的だの、
あるいは生み出した作品に宿る痛みをどうしても感じてしまうだとかの類いとは何か違う。
じゃあなんで俺がつらつらうだうだまとまらないもんを言葉にしたのかというと、
たまたま週末の夜だということと、
いつも選ぶラテが美味しくて無意識に拍車がかかったというだけのこと。
温度は変わらない。
そうこうしてる間に目の前のラテはぬるくなりそう。
急いで飲もう。

