2013年11月25日に堤清二氏が亡くなった。日本を代表する経営者でありながら作家・詩人という、まさに異能の人であった。その堤清二氏の肝煎りで開発されたのが、このホテル西洋銀座。氏の逝去に先立つように2013年の5月にひっそりと26年の歴史に幕を閉じた。
閉鎖時のニュースでは、開業時の時代背景や当時最高級の室料水準であったことなどから“バブル時代の象徴”などと安直な表現をするメディアがあったが、これには多くのファンが気分を害したことと思う。いうまでもないが、日本で数少ない本格スモールラグジュアリーである。
筆者は都内在住の為宿泊経験は数回しかないが、時々カフェに立ち寄ったり有名な銀座マカロンを買って帰ったりした。後にあるマネージャーと親しくなり、以前ここで働いていたソムリエ田崎真也氏の従業員時代の愉快な話を聞いたりもした。
ホテルのカフェは、他の大ホテルのせわしない雰囲気とは違う、ゆったりとした優雅な時間が流れていたように思う。ビックリするような方々がプライベートな時間を過ごしていた。中でも今や日本のホスピタリティ業界におけるスターである星野佳路社長の姿はかなりの回数お見かけした。
銀座という地で、短いながらも日本のホテル業界で特別な光を放ったこのホテルを惜しみつつ、この素晴らしいホテルを手掛けた堤氏のご冥福をお祈り致します。

閉鎖時のニュースでは、開業時の時代背景や当時最高級の室料水準であったことなどから“バブル時代の象徴”などと安直な表現をするメディアがあったが、これには多くのファンが気分を害したことと思う。いうまでもないが、日本で数少ない本格スモールラグジュアリーである。
筆者は都内在住の為宿泊経験は数回しかないが、時々カフェに立ち寄ったり有名な銀座マカロンを買って帰ったりした。後にあるマネージャーと親しくなり、以前ここで働いていたソムリエ田崎真也氏の従業員時代の愉快な話を聞いたりもした。
ホテルのカフェは、他の大ホテルのせわしない雰囲気とは違う、ゆったりとした優雅な時間が流れていたように思う。ビックリするような方々がプライベートな時間を過ごしていた。中でも今や日本のホスピタリティ業界におけるスターである星野佳路社長の姿はかなりの回数お見かけした。
銀座という地で、短いながらも日本のホテル業界で特別な光を放ったこのホテルを惜しみつつ、この素晴らしいホテルを手掛けた堤氏のご冥福をお祈り致します。
