おはようございます爆笑

ちょっと、自分ゴトでバタバタしてまして、なかなか更新出来ませんでした。
申し訳ありません。

では、今回のタイトルであるアラシゴトと学びと自分と向き合う時間についてですニコニコ

今まで、アラシゴトを始めてから、大きい出来事が自分の中で、起きるようになりました。

自分ゴトでは、引越しが大きい出来事で、東日本大震災、熊本地震の数ヶ月前の時期に引越しをしていて、もし、前の家にいたら、もっと被害にあっていたかもと考えるのです。
地震で犠牲になってしまった方には、申し訳ないですが、何か守ってくれているのかなと思うのです。
東日本大震災のときは、丁度進路に迫られている時期で、就職を目指して活動していましたが、なかなか決まらず、何度も面接を受けては、落ちてを繰り返し、東日本大震災の当日は、面接を受ける予定の会社の説明会で、ビルの中で、被害に会いました。
幸い、緊急地震速報がすぐになり、会議室だった為、テーブルの下に隠れる事が出来たので、その場にいた方は、怪我をせず、次の地震が起きる前に非常階段から降りてそのビルから生還出来ました。
蛍光灯が真っ二つに割れて蛍光灯の破片が周りに散らばっていて、テーブルがなかったら、怪我をしていたかもしれませんでした。
交通機関は、すでに麻痺して、バスも乗れず、歩いて帰る事になりました。
その途中に、季節外れの大雪と雷雨があり、何とも不思議な天気でした。
家族の心配もありましたが、家の被害は、食器の皿が割れる程度であまり被害は、ありませんでした。
電気は、何日か後について、テレビが観れるようになり、丁度興味を持ち始めていた嵐の皆さんが、ゲスト出演のMステを観て、「感謝カンゲキ雨嵐」の「誰かが誰かを支えて生きているんだ」の歌詞が凄い響いて、いい曲だなと思っていろんな曲を探すようになったきっかけの曲でした。
その後、最初からではないですけど、当時、復興支援ラジオに嵐の皆さんが出演しているのが分かり、曲の思い入れやメンバーの思いを間近に感じる機会があり、それも、とても励みになりました。
ある時、進路が決まらず、悩んでいる時に、進路の先生が、福祉の専門学校の紹介をしてくれて、自分の道が開けたように感じてます。
今でも、福祉の仕事について仕事が出来るのは、そのおかげであると思います。

私が、アラシゴトを本格的に始めたのは、専門学校の時でした。当時は、テレビLIFE、今は、休刊してしまったテレビぴあの雑誌を、大型の書店で初めて知り、とても詳しく載っていると感激して雑誌を買い始めました。
当時は、金銭感覚なんか関係なく、携帯も、雑誌もCDも交通費も関係なく使い放題使ってました。
親に依存して、調子に乗っていたんですよね。
でも、長くは、続かなくて親にも、もちろん怒られて、金銭感覚を見直すきっかけになったんです。
でも、その依存は、社会人になって拍車がかかって自分でも、コントロール出来なくなってました。
そんな時、体調を崩して、また、自分と向き合う時間が出来たんです。
西日本豪雨の時も、北海道地震の時も、何だか胸騒ぎがして調子が悪くなってしまったんです。
家族が、体調を崩してしまった時も、何だか胸騒ぎがするようになりました。
これから、どうして行くか、アラシゴトをどうするか、でも、すぐに答えが出てきてパートナーとして働くと決めました。
また、体調を崩して、今は、お休みをしばらく頂いて、答えを出そうと思ってます。

アラシゴトをする事で、いい事も悪い事もそれぞれ学ぶ機会が与えられていると、私は、感じてます。
例えば、大野さんのラジオや二宮さんの一途の連載が終了する事を知った時、それぞれのメンバーのスキャンダル報道があった時、皆さんは、どのように考えましたか?
私は、一瞬、ニュースの報道を鵜呑みにした方の言葉に凄い動揺しました。
何とか真実を知りたいと思う時もありました。
でも、それは、必ず新しいアラシゴトが始まる前触れだと気づくようになったんです!
大野さんの時は、宮城ブラスト、櫻井さんの時は、新しい個人仕事、メインキャスター就任、二宮さん、松本さんの時は、新しいドラマ、映画、受賞式、相葉さんの時は、歌番組のスペシャルの時期って形で何かしら新しいアラシゴトが入ってくるんです。
今は、ツアーの時期だから、何かしらの情報が入ってくるかもしれません。
だからこそ、私は、そのまま嵐を応援して良い風を送りたいとこれからも思うのです照れラブラブ

嵐の皆さんは、それぞれの形で、言葉や行動でメッセージを送ってくれていますおねがいキラキラ
それを、しっかり受け取れるように私も、頑張って行きたいと思います口笛ルンルン


今日も、嵐の皆さんの笑顔に癒されて頑張って行きますウインク音符

では、またキョロキョロ星