介護にまつわるエトセトラ

介護にまつわるエトセトラ

小学生の子育てと両親の介護のダブルケア。

自己愛性パーソナリティ障害の疑いありな父と、アルツハイマー型認知症発症5年ちょいの母、その他もろもろの悲喜こもごもをメモとして残していきます。

仕事や子育てとどう両立していくか、悩みが絶えません。

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思い返せばこの2〜3年で父(78)の状況がかなり悪くなった。

特にこの1年は、まさに坂を転がり落ちるかのように、いろいろな問題が表面化してきた。

 

父の記憶も怪しくなってきたため、2年ほど前に一度、母が通うクリニックに連れ行って検査をしたことがある。

ただその時も激怒し、大暴れ。「なんでこんな検査をしなくちゃいけないんだ!人を馬鹿にするな!!」と、看護師さんにも怒鳴る始末で大変だった。

そしてその場で、軽度のアルツハイマー型認知症が発覚した。でも、父はそれを消して認めなかった。

 

すべてを把握したがり、自分を中心に置いておきたい性分の父は、「俺がお母さんを連れていく!勝手にお前たちで話を進めるな!」と母のクリニックにもつきそいで来ることがあったが、この検査以降、クリニックにはよりつきもしなくなった。

 

ただ、この1年で、決まっていた会議をすっぽかす、朝から酒を飲みやらなければならないこともやれない、などなど、日常生活にも支障があり、自宅に来てくださっているヘルパーさんたちにも、「お父さんの状況がよくない」とたびたび相談されるようになったのだ。

 

そして、姉が強引に受けさせた人間ドッグの結果、脳梗塞が判明。

それを理由に、2週間ほど前に母のクリニックを受診させたのだった。

 

 

しばらく前から父は、母が通う病院がなんの病院なのか、さらに、母がなんの病気なのか、アルツハイマーであることすら忘れてしまっていた。そんな状況もあって、皮肉にも連れて行きやすかった。(ただ、行く前は一悶着している)

 

受診の結果、脳出血が数カ所あることが判明。さらに、かかりつけ医とも大喧嘩してしまって以降、おそらく半年以上は高血圧の薬を飲んでいなかったせいもあり、血圧は180以上もあった。

すぐさま降圧剤を処方され、12月9日にまた再検査と、筆記検査もろもろ含めた検査結果をお伝えすると主治医に言われる。

 

兼ねてから私たちが一番気にしていたのは、父の車の運転だった。

西池袋の事故など、高齢者による交通事故のニュースを見ては、父にはそろそろ運転をやめて欲しいと心から思っていた。

父はもともと、運転がかなりうまかった。

私も大人になってから、自分で運転するようになったり、人が運転する車に乗るようになり、父の運転のうまさを改めて感じたのをよく覚えている。

 

ただ、血圧がこんなに高く、心臓もあまりよくない(バイパス手術をしている)、さらに脳に出血があり、軽度の認知症。そんな人に運転することを許す家族がどこにいるのか。

車の運転をやめてほしい、駅近なんだから車じゃなくても生活できるし、電車の方が運動になる。

どうしても車じゃないとダメな時は、私たちが来て運転するから、と懇願しても、激昂して怒鳴る。

 

ああいえばこういう状態だが、はっきりいって論理的な議論はまったくできず、子どもみたいな言い訳を並べる。

車の運転になぜそこまでこだわるのか、よくわからないが、ググってみると、なかなか運転をやめない高齢者は多いようだ。

家族がどんなに懇願しても。

 

私たちきょうだいも、泣いて頼んだ。

私たち子供や、孫のためにも、英断して。せめてお医者さまに「運転しても大丈夫」とお墨付きをもらうまでは、今の状況では運転しないでと、泣いて訴えた。

 

でも、聞かない。

 

そこで今日は、姉と共に、鍵をとってきた。強行突破した。

当然のように、激昂した。手がつけられないほど暴れた。

警察を呼ぼうかと思うくらい暴れた。

捻られた手が、いまだに痛い。

 

できればこんな強引なことはしたくなかったけれど、もはや仕方がない。

 

そして父は吐き捨てるように「俺は消える!」とどこかへ行った。


もうどうにでもなれと、心底思う。

 

父と会うと、こうやっていつもエネルギーを吸い取られて、なんのやる気もなくなる。

仕事だってあるのに、どうしようと、不安になる。

 

今ははっきり言って、父に元気になってほしいという思いよりも、母ときょうだいのためにだけ戦っている。

気持ちがぱつぱつで、文章も整理できない。

でもメモのために、今後も時間を見つけて書き留めておきたい。