うーたん... チュ.. ~自身のミスで実家が全焼~ 彼女は火事になることを事前に知っていた? -4ページ目

第15話  ムーミンの信念


中学の卒業アルバムは焼失して手元にはもう無い。




144.4━



今確認出来る小学校卒業時の俺の身長だ。


そして身体も本当に細かった。





そんな俺は中学校入学前、何のためらいもなく


物心ついた時からずっと同じだったホトちゃんヘアーを坊主頭に刈り上げた。


それは野球部へ入部する為の他ならない。





髪を刈り上げる前から少しは言われていたが


面長で下膨れの顔立ちは“ムーミン”そっくりになった。



女子の100%が俺を“男”として見てはいなかっただろう。


男子から“かわいい”と人気があり


「宇太ちゃ~ん」と皆が代わる代わる、ぷにょぷにょのほっぺを触りに来ていた。






中学野球部は甲子園で優勝したキャプテンを輩出している伝統校であったが


その中学校そのものは


当時全国でも初めて、生徒による<校内暴力>がニュースになった


いわくつきの学校でもあった。





そんな生徒たちを押さえつける為に、学校は屈強な教師陣を揃える事で対抗した。


<力には力で>という発想だったのだろう。





自分が入学する頃には、そんな雰囲気の全く無い平和な中学であったが


逆に教師から生徒への<体罰>が黙認されている時代でもあった。





そんな中学野球部の監督はまさに、鬼どころか“鬼畜”そのものであった。


漫画“タッチ”の終盤に出てくる≪鬼監督柏葉≫とイメージがかぶる


日体大出身で一見細身だが、鋼のような肉体で握力80キロの青年監督であった。





そんなことも露知らず、ムーミンは野球部の門を叩いた。


新しく入部した1年生は50人以上


部員総数100名を超える中学一大所帯の野球部だった。





当時の野球は今と変わらずサッカーと並ぶ2大スポーツであったが


Jリーグの無かった当時、特に野球とサッカー両方出来るトップアスリートが


みんな野球部の方に流れて来ていた時代でもあった。



体育祭の部対抗リレーでも陸上部を大きく引き離して優勝する


そんな強者揃う野球部へ


運動神経が女子以下の<のび太>であったムーミンが挑戦するという事は


誰の目から見ても無謀な事の様に思えた。








その1年生に課せられた練習メニューは苛烈を極めた。



グラブやバットを持つどころか、練習用ユニフォームも着させない


中学体育着のまま


真夏の炎天下の中で


<400メートルあるグランド外周を50周>、


<50メートルダッシュを100本>、etc...


水も飲ませずに次々と繰り返された。



「日体大の練習はこんなもんじゃねえ!!」


鬼監督から罵声を浴びせられ続くメニューは、中学生の体力を完全に無視しており


大勢いる新入部員を<ふるいにかけるだけの目的>である事は


のび太なムーミンにも解っていた。




次々と痙攣を起こして倒れ、退部者が続出する中


俺はただただ歯を食いしばり、必死についていった。










そんなある日






風邪をこじらせ、朝から酷く体調が悪かった俺は


職員室の監督のもとへ行った。








『すみません、体調が悪いので今日の練習を休ませて下さい・・』










「お前、最近練習来てねぇな」









【??】


俺は入部以来、1日も欠かさず練習に出ていたのだ。






【そういえば同じクラスの川島がこの所練習に出ていない・・勘違いされてるのか?】


とか一瞬で頭を駆け巡ったが、それを口には出さず








『来てます!ずっと来ています!』





ただそう監督に伝えた瞬間━










「言い訳すんじゃねぇっっ!!」


≪バキッッ≫






職員室のど真ん中で殴られたのだった。










職員室の空気が一瞬にして凍りついたのはわかったが


他の教師は皆、見てみぬフリを決め込んでいる・・・ひ弱なクラス担任も。。














俺は痛む右頬を押さえながら職員室を出たが


殴られた事そのものよりも


一生懸命毎日練習へ出ていたにもかかわらず、誤解されているという事実が


本当にショックだった。









結局39度の高熱を出し練習を休み、次の日学校にも行けなかったが


家ではその事でうなされていたらしい。









その欠席した学校では


たまたま廊下ですれ違った、2学年上の姉貴に向かって監督が吠えたのだった。








「お前の弟、根性ねぇな」










少し怒った口調で姉貴が言い返した。




『弟は、本当にずっと練習へ出ていたみたいですよ!!』












「来てるけど根性ねぇ」















“たまたま”すれ違ったのではないのだ。




自分の間違いに気付くも、それを認められず


風邪で休んだ俺を<根性なし>とただなじる為だけに




“わざわざ”姉貴の元へ出向いて言いに来たのだ。














この“教師”に一体どんな過去があってこうなったのかは知らないが


そのいびつな精神からくる理不尽な体罰や言動は



体育の授業でも些細な事で一般生徒をボコボコにしていたし


野球部においての体罰は、その比ではない酷さだった。




先輩は投げつけられて腕を骨折していたし(さすがに処分があった)


それに懲りず、キャッチャーミットで思いきり部員の顔を殴った事もあった。







もともと平和なのび太であったムーミンは、1・2年生の頃


これらの事を疑問に思うよりも、ただただ毎日が必死だった。




誰よりも声を出して練習し、『ハイッ』と素直に大きな返事をしてキビキビと動く


そんな俺は監督のお気に入りにもなっていった。















だけど━





元々性格の根底では


周りに流される事を極端に嫌い、個の考えを持つ事に強い拘りのあった俺は



年を重ねた3年生の頃には


この理不尽な体罰がまかり通り、


異議を唱える者が誰もいない現状に違和感を覚えていた。



何しろその頃の親連中といえば


有無を言わさず<先生が絶対に正しい>と思っており


その現状や内容をろくに考えもせず


≪どうぞ殴って叱ってやってください≫とばかりの信じられない人間が殆どだった。



現代のモンスターペアレントはこれと全く逆だが


どちらにしても、周りの人間が現状を直視して考えていないのは同じ事だ。








そんな俺の怒りが、頂点に達する出来事があった。




3年時のクラス担任はこの監督でもあったのだが


他のクラスの体育授業中に、野球部の同級生がこの教師に殴られ



鼓膜が破れたという事実を知った。










━怒りが止まらない━










俺はかつて弱い人間の<のび太>だったけど


見た目は温厚なムーミンだったけど



その頃には



“権力者には絶対屈したくない”という気持ちだけは、強く心に芽生えていた。








その後ノコノコと笑顔でホームルームへやってきた担任に向かって



教卓正面の、一番前の席にいた俺は


睨みつけたまま動かない━














「なんだその目はぁ~」
















『なんで・・何で○○を殴ったんですか・・』
















この静かなやり取りに、気付いた人間は少なかったと思う。















「お前、ずいぶん変わっちまったなあ」















━自分がこの監督のお気に入りだろうと、そんなの関係ない━




“絶対に許さないという信念”が、≪怖くて震える気持ち≫より勝っていた。

















その後の事はもう覚えてないけれど



殴られなかった事だけは間違いない。


























それ以降の人生で







たとえ絶対的な権力者が相手であっても━




すごく仲の良い相手であったとしても━







“絶対に譲ってはならない事がある”という思いへの




信念のスタートは













確かに<この日>にあった。