「日本は謝罪を必要とすることなどしていない」・・・海外の要人が語る真実!
①ウ・ヌー ビルマ外相
高い理想と目的の高潔さに動かされた、ある国が、アジアの独立と民衆の解放に
生命と財産の全てを犠牲にした。
その国の名は 「日本」 という極東の島国だ。
②T・クーマン タイ副首相
「日本の勇気ある闘い」で、新しい独立国が、不死鳥のように現れました。
誰に感謝を捧げるべきか、余りにも「明白」です。
③バ・モウ ビルマ首相
我々を白人支配(植民地支配)から救い出してくれたのは「日本」だった。
我々は大戦終盤に「日本」を見限ってしまったが、その「恩」は忘れない。
「日本」ほどアジアに貢献した国はいない。
「日本」ほど誤解を受けている国はいない。
真の独立記念日は1948年1月4日ではない。1943年8月3日だ。
独立の真の理解者は東条大将と大日本帝国だった。
④プラモード タイ首相
「日本」のおかげでアジアは独立できました。
「日本」という母は、母体を壊してまでも、アジア諸国という子供たちを産んでくれました。
今日、アジア諸国が欧米と対等に話ができるのは、誰のおかげか。
それは自らを殺してまで産んでくれた「日本」という母親があったからだ。
我々は母が出産を決意した、12月8日を、
そして、全ての力を出し尽くし、我々アジア諸国を産み力尽きた
8月15日を忘れてはならない。
⑤GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥
「日本」には石油がない、錫もない、ゴムもない。
その供給を全て絶たれたら、どんな小国でも、戦争を決意せざるを得ない。
⑥ローガン弁護人
私はこの東京裁判を引き受けた当初は、正直後悔した。
勝ち目がない、結論ありきの裁判だからだ。
しかし、研究、調査を重ねるごとに、「日本」の無実が証明されていった。
最初から「日本」に20年間一貫した世界侵略の「野心」など全く無かった。
私は断言できる。彼らは全員無罪だ。もし彼らを裁けるものがいるとすれば
それは「日本人」だけのはずだ。
⑦F・リール弁護人
祖国を愛するいかなるアメリカ人も、こんな裁判記録では羞恥心にまみれるだろう。
裁判官に法律家が一人もいない裁判など、あってたまるか!!
⑧アーノルド・トインビー (イギリスの歴史学者)
第二次世界大戦において、「日本人」は「日本」のためよりも、むしろ戦争によって
利益を得た国々のために「偉大な歴史」を残した。
それらの国々と日本の掲げた短命の理想「大東亜共栄圏」に含まれた国々である。
「日本人」が歴史上、残した最大の業績は、世界を支配していた西洋人が
「不敗の神」ではないことを示した点である。
⑨ ヘレン・ミアーズ女史 (アメリカの社会学者)
東京裁判は正義ではなく、明らかなリンチだ。
私達アメリカがどうして日本を罰することができるのか?私は理解できない。
⑩ネール 初代インド首相
日本は謝罪を必要とすることなど我々にはしていない。
それゆえ、インドはサンフランシスコ講和会議には参加しない。
講和条約にも調印しない。
⑪GHQ参謀部長 C.ウィロビー
東京裁判は史上最悪の偽善だ。
もし米国が同じ立場だったら日本と同じように戦っただろう。
⑫O・ラティモア 中華民国顧問
日本が立派にやり遂げたことは、欧米の植民地帝国を完全に破壊したことである。
⑬G・デザイ インド弁護士会会長
インドの独立は日本のおかげで30年早まった。
この恩は忘れてはならない。
⑭G・シェフエー マレーシア外相
なぜ日本が謝るのか?
あの大戦で、マレーシア人と同じ小さな体の日本人が、
大きな体のイギリス人を追い払ってくれたではないか?
日本なくして東南アジアの独立は無かった。
この日本が払った貴い犠牲を否定することは、バックミラーばかり見ているようなものだ。
⑮M.ハッタ (スカルノと並ぶインドネシア独立の父)
日本の戦いは8月15日に終わった。
我々の戦いは8月17日に始まった。
1946年 オランダ軍進駐開始
1947年 オランダ軍が国連の停戦要請を無視し攻撃
1948年 再度全面攻勢
1949年 国連を無視し続けるオランダに、米国がマーシャルプランを停止し
経済圧力をかける
その後、オランダは多額の債務をインドネシアに要求。
これを戦時賠償の形で肩代わりしたのが日本だった。
さあどうですか?日本・韓国の極左のお馬鹿さんの皆さん。
あなたたちが糾弾しようとしている「日本」は、海外ではこのように評価されています。
どっちが「嘘つき」で「狼藉者」なのか、幼稚園児でも分かるはずです。
