2003年からBermuda(バミューダ)という名義で「産婦人科残酷物語」というブログを書いていた。
笑いを交えてはいたけれど、当時の理不尽な状況をなるべく本音で
自分の欠点さえも正直に書いていたつもりだった。
そのせいなのか読者も増えて
扶桑社から書籍も出版できた。(書籍はこちら)
しかしそれでも責任は少ないし
気楽な研修医であったと今にして思う。
その頃、ときどき、藤田晋さんの「渋谷ではたらく社長のアメブロ」なども読んでいた。
もちろん、藤田さんの勢いはものすごかったし、寵児といって過言ではなかったけれど
同時に、どうしてあんなに面倒そうな社長業をやりたいのかと不思議であった。
それは私自身が社長になる能力がないからであり、そういう意識が思い浮かばないせいだと今にして思う。
二十数年たち、藤田社長は社長を離れるという。そういう報道を目にした。
一方、私は紆余曲折があって
院長に就任した。
院長はいわば社長である。
今から社長かよ、と思った。この年になって。
私がこの立場になったのは社長となる能力があったからではない。
どうしても許せないことがあって
この立場になることを選んだ。
就任直後はブログなんて書ける状況ではなかった。
書けば
関わった人間を一人ずつ…という状況であった。
今、
怒りはおさまっていないけれども
少なくとも自分を傷つける状態ではなくなった。
主な医者である登場人物は
バミュ、川越先生、社長、浦和先生、お代官様の5人である。
自分たちがどう見られていたかを
知るが良いのだろう。
しかし、私がどこまで辛抱できるか
そこだけが心配である。
次回予告
「帰国」
