中国人に働いてもらう、と言う事-その4
「人に役に立ちたい」と言う気持ち。
この気持ちがあるのと無いのでは、ぜんぜん行動が
変わってくる。
また、
「人の役にたちたい」とそう思うその先に、
商売の原点がある。
商売とはなんだろう。
ほしいものがある→買いたい
買いたい人がいる→売りたい
これが商売。
ただこれだけ。
ただ商売を成功させる為に、
売りたい→買いたい人を探す→欲しいものは何?と
逆から考える必要があるからちょっと大変。
人の役に立ちたいと思う事は、誰かの欲しいものを探す
事。
前出の印刷屋の中国人スタッフは顧客がして欲しい事を
理解しているだろうか?
それをかなう事がすなわち役にたっている事であると
理解しているのか?
否。
なぜ?
(つづく)
ドラム
ドラムを始めて、もう7年ぐらいになるだろうか。
ドラムを始めた経緯はまた今度書くことにして、
最近、ドラムを叩く事が、結構面白い。
今、上海でバンドを組ませて貰ってるが、
どう見ても他のメンバーのレベルの方が上。
バンド結成当初はついて行くのがやっと。
だけど、最近はちょっと余裕がでてきた。
独学ではあるが、基礎練習が実ってきているみたい。
その基礎練習も今では苦になくなってるし、なぜだろう。
モチベーションの問題では無かろうか?
練習する→少しずつうまくなる→バンドですこしうまくいく
→楽しい→練習する
このいい循環になってると思う。
メンバーとのコミュニケーションも良いし、すごく楽しい。
少しずつやれば何とかなるのを、改めて実感してる
このごろです。
中国人に働いてもらう、と言う事-その3
働いて得るものは何?
ほんとうにずいぶん 考えた。
なんの対価も得ないで働ける人はいない。
皆すべて何かのために働いている。
中国人は?
例外でない。
私は、「人に役立っている」と言う満足感だと
思う。
ありきたりだが、それが原点。
中にはお金の為と言う人もいるだろうが、
お金を得る事に満足した先は、きっと人の
役に立ちたいと思う事だろう。
「人に役に立ちたい」と言う気持ち。
簡単だけど、実は奥が深い。
(つづく)
中国人に働いてもらう、と言う事-その2
なぜ言われた仕事しかしないのか?
なぜすぐに「他に方法がない。しかたがない」というのか?
我々日本人には、理解不能のところが多い。
私も最初の頃、ほんとうに悩んだのです。
働くという事はどういう事か?
働く動機は何だろうか?
何が良くて出勤してくるのか?
働いてて幸せを感じているのだろうか?
なぜ働いているのか?
私はなぜ働いているのだろう?
なぜ上海で働いているのか?
そう何かを得るために働いている。
労働の対価を得るために働いている。
では、その対価とはなんだろう?
(さらにつづく...)
中国人に働いてもらう、という事-その1
私の部下は、全て中国人。
アシスタント的に動いてくれる女性スタッフ一人と
ある部門長が日本語ができるぐらい。
あとのほとんど全ての中国人スタッフは日本語ができない。
前にも書いたが、当然私の中国語も役立たず。
だから、会議や重要な指示、報告を受ける時は通訳してもら
ってる。
やはり中国で働いている大部分の日本人の方が感じている様に、
私も言葉の壁を感じてる。
だけど、なぜかウチのスタッフは良く働いてくれる。
満足とは言わないが、自律的な組織になりつつある。
中国語が通じないのになぜ?
ありがたい事に、こんな私のところに話を聞きたいと
言って来てくれる人がいる。
彼は、前に書いた印刷屋の若い営業マン。
話を聞いてると、製造系の中国人スタッフが動いて
くれないとの事。彼の熱意が伝わらないらしい。
彼は本当に悩んでいる。
なぜ、お客さんの要望を無理してでもかなえようと
言う気位がないのか。
(長くなるので、つづく。。。)
飲み過ぎ...
昨日の晩は、バンド仲間とカラオケ三昧。
あるライブの打ち上げで。
メンバーのスケジュールの都合で夜の9:00開始となってたので、
それまでにだいぶ酒を飲んで出来上がってた。
それだけでない。
もともとは、その前の晩から非常に酔っぱらってた。
昨日は終日、二日酔いの頭痛ががんがん。
夜はちょっくら迎え酒をして、
バンド仲間とのカラオケに出発!
最初、カラオケボックスの大画面テレビにビデオカメラつっこんで、
ライブのダメだし。って言うてもそんなシビアなもんじゃなく、
見てわいわい、あれやこれや楽しくダメだし。
その後、カラオケ大大会となる訳だが、
もうビール、ワインを飲みまくって。
前後左右がわからん状態なのに、
歩いて帰って来れたわ。
夜九時開始、夜中三時終了。
疲れたべ。
言葉
もともと、出張ベースで上海での仕事だったし、
すぐに日本へ帰るつもりだったから、真剣に勉強などしなかった。
しなかった、いや、今でもしてない。
だけど、3年も居るのに、中国語で仕事できないのは恥ずかしい、
と思い始めて、家庭教師を雇って勉強はしつつある。
中国語は、日本語以上に面白い。
地方によって言葉が変わって行くのが激しいところがいい。
上海語も今になっては、少しだけ聞ける様になってるが、
普通語との違いに最初は戸惑うばかりだった。
昔、「探偵ナイトスクープ」という関西ローカルの番組で、
「あほバカ分布図」と言うのを作った時はオオウケしたが、
それと同じ様なことをして、時々あそんでる。
上海語では誰って、「サニ(ン)?」って言うけど、私とこの工場が
ある地域では「ハニ(ン)?」ってなるんです。
そんなに市内から離れてないのになぁ~。
そんな訳で、おんなじ上海人でも市内出身かどうか、
区別がつくらしい。郊外人は田舎もん呼ばわり。
でもね、三国志なんか読んでると、劉備なんかは、
あっちこっち中国中を渡り歩いてる。共通語なんかなかった
時代なんでしょ?
どうしてたんでしょうか?
TV
上海に来て、もう3年と10ヶ月。
来た当初、どうしようも無かったのが、テレビ。
好きだからというわけでもないけど、
何でもない時間にぼーっと見てるのが習慣になってて、
何をしていいかわからない時に助かった。
その当時住んでたところは、
日本のBS,CS,がそこそこ入るところだったんで、
休みの日は一日中ソファーに寝転がって映画を見てたりして、
ごまかしてたんです。
さて、家族が上海に来て、もう少し広いところへ引っ越す事になり、
そこのテレビ、日系はBSのNHKだけ。
まぁ、ほとんど見て暇つぶしになるものは、はっきり言ってない。
でもですね、この環境って今になって考えると結構良いのです。
暇な時間は、本を読んだり、ドラムを叩いたり、色んな事をする
様になった。
これって大事な事なんですよね。(なにを今更)
テレビを見てたら、とりあえず楽しいけど、
この楽しさが無くなった時に、楽しさを自分で作っていく必要が
でてくるんですね。
楽しさを作るって、結構大変。
自分で、やってて楽しい事を作っていくのは、気持ちが前向きに
ならんとできないことやと思うんです。
テレビ番組が充実していることで、受け身になってた自分。
その証拠に、日本へ帰るとテレビが楽しく感じるけど、知らない間に
時間も経つ。
テレビって最小限の情報だけで十分。
そう考えると上海の環境も悪くない。
感覚~大阪出張にて
明日が会社の創立記念とかなんとかで、
それだけのために大阪出張。
だから明日の夜、上海戻り。
関西空港へ降り立つと、なんか等身大に戻った感じがするねん。
別に上海にいるときは、背伸びしているつもりもないんやけど。
あたりまえの事なんやけど、
京橋駅(実家は大阪の京橋にあるねん、ええとこだっせー)に
着いたら、日本の、大阪の、京橋の、ありのままのリアルな情報が、
五感を通じて入ってくる感じ。
懐かしさからくるんか、そもそも自分が京橋のパズルの1ピースで
ないとあかんって言う思いこみか。
入ってくる情報にフィルターを設けなくていいと言うのが正直なところ
やと思う。
上海では、ほとんどフィルタリングしていると言ってもええかもしれん。
素直に感じてるつもりでも。
誕生日
今日は、下の娘の誕生日。
可哀想な娘、折角の誕生日なのに、父親は起きてるうちに帰ってこず。
電話口で「おめでとう」って言ってやったら、ぼそっと恥ずかしそうに、
「ありがと」って。
かわいい娘達、大きくなっても「臭いからあっち行って!」って言わんといてや。