保育士さんが毎日書いてくれる連絡帳。
へ~っ、こんなことしたんだ、こんなことがあったんだ、とその光景を思い浮かべて、面白かったり見れないことが悔しかったりする連絡帳です。ページをめくってもっとも多く目に飛び込んでくる単語は「完食」です。家と違って、毎日給食を残さずに食べるそうです。家の食事はおいしくないのでしょう・・・。保育所では思い切り遊ばせた後で食べさせるので、お腹が空いているのでしょう。
(担任の保育士さんは「完食」という言葉が好きな余り、誤用していることが多い!「○○を半分残しましたが、完食です!」←残したんなら完食じゃないやん。「全部完食です!」全部と完食で意味が二重になってるやん。とイジワル夫婦は毎晩つっこんでました。)
保育所に通い始めた頃、毎日大泣きしてましたが、それでも給食は毎日完食でした。元保育士さんの夫のお母さんが言うには、泣いても良く食べる子はすぐに慣れるし安心だそうです。差し出された食事を食べるということは、心を許しているからなんだそうです。ちなみに、泣くこともそうなんですって。心が開放されず泣けない子もいるそうです。
そして、最近多いのが「ケンカ」の三文字。
発端はおもちゃの取り合いで、言葉が出ない分手足が出るそうです。今日なんて、ケンカして互いに大泣きしてます、と書かれてました。ケンカも成長過程に必要だから、大いにしてくれ、やられっぱなしよりはいい、と思ってます。(いいのか?)
親同士がいる場では、ここまでの事態にはなりません。親が先手先手に出て、ケンカにならないように気をまわすからです。自分の子が人のおもちゃを取ったら、すぐに取り上げて相手に渡したり譲るようになだめる、取られたほうも「いいよ、いいよ」なんていいながら下手下手に出る。私は大事にならない程度のケンカは構わないと思ってますが、それでもこのように振舞います。おそらく、私もそうですが、子供のケンカそのものを避けたいのではなく、自分が、他の親に気の付かない無神経な親だと思われるのが恐くて、皆そうするのだと思われます。
なので、親のいない保育所では、保育士さんたちが怪我につながらない程度にケンカも見守ってくれるのでありがたい。やったほうもやられたほうも親が過剰に反応するのを防ぐためにか、ゼッタイに相手の名前は連絡帳に書かれません。
さて、明日はなんと書かれるでしょうか。土曜日から京都へ帰省するときも、この連絡帳を持って、おじいちゃんおばあちゃんたちに読んでもらいます。