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伝宣

伝宣
子供の使用 子供の歌じみた宣伝
宣伝でないふりをした宣伝
しかし子供はお金を貰つて働いてゐるはずである。
映画の評判を試写会の子供に聞くのはまだ分かる
好意的な批評をした子供の所だけ編集すればよいから。
宣伝でないふりをして兎に角自社の名前や電話番号だけ覚えさせればよい
これにより私は幼い頃からいらない記憶が増へ、それが私の活動の邪魔をする。
  (それもさういふものに限つて、おそらく一生用のない商品だらうと思はれるものも多い。用があるときはいくらでも検索のしようがあるし、昔もそれなりに方法はあつた。その際名前だけ覚えてゐれば必要になつたときに思い出してくれると思ふのだらう。広告が出せる会社はある一定以上の大きさであらうからその目論見が達成された暁には大会社のみ残つていくことになるだらう。さうなればその職業の事は大会社にいかないと判らないといふことになり、さらに職業の細分化がすすむだらう。昔からお役所仕事で日本は担当にうるさいといふのは有名な話だが、何れ民間も全てさうなるだらう。今だつて家電機器やパソコンの仕組みを知つてゐるものは殆どおらず、本当に下らない些細な故障でも、一々製造元に送つたり、簡単に諦めて捨てたりしてゐる。こんな状況があるのに、先進国では皆少子化。環境問題でばかり持続性がとなへられてゐるが、それを解決するかもしれない技術の持続性には誰も目を向けない。)
 私は彼らを憎む。
 私は私に無意味な情報を刻み付けた会社の商品は使はない。
 (注意)この文章はここで言及されてゐる問題に関する可能性に関して十分に検討されてゐない。よつて、思考といふよりは、検討する前段階の覚へ書きに過ぎない。
 

較比

今まで使つてゐたものと比較し、よい方をとることにした。