鞭声粛粛、夜本を読む

過去の書評一覧は以下のURLからどうぞ。

http://ameblo.jp/benseishukushukuyoruyomu/entrylist.html

Amebaでブログを始めよう!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

『ブラックボックス』

  2021年下期の芥川賞受賞作 『 ブラックボックス 』 (砂川文次著)は刑務所暮らしのルポルタージュふうの描写と、暴力的で短絡的な自身の内省、共感力の誕生を扱った作品。

  新型コロナウイルス流行の社会危機でいたるところ孤立する自己の再生を受刑囚サクマに仮託したことが何となく分かり、謎解きめいた終わり方は、まるで、楽譜で言えば転調、それも極端な転調となっており、読後感の印象は毀誉褒貶が激しいと思われます。

  主人公は、言動から察する限り、比較的軽いADHDと間欠性爆発性障害がありそうな20代男性。持続性がなく衝動的、突然言葉遣いが攻撃的になり、時には暴力を振るって大けがをさせてしまう。関心のあることに極度に熱中し、共感力がほとんどない。主人公サクマは自分の衝動性や持続性のなさに気付いているが、憤怒の押さえ込みや日常の繰り返しには耐えられない。

  しかし刑務所という閉ざされた空間で一律の生活を続ける中にも毎日が違うことや他人にはそれぞれ気持ちがあることを知って物語は終わります。芥川賞作品ではテンポの良い部類に入りますが、他人はもちろん、自分自身も誰にとってもブラックボックスと言うため刑務所という設定を持ち出したのは唐突感がありました。

  物語の前半が不必要に長いのも欠点だったのか、持ち味と言うべきなのか。都心を走り抜ける自転車配送のメッセンジャー生活をルポふうに書いたり、他人と関わらない主人公のこころのうちに焦点を当てたりしていますが、突然刑務所生活に話が飛んで、同一人物の話なのかどうかすら、読んでいて怪しくなる。しかも核心は明らかに後半にあります。小説ですから読み様はいく通りもあるはずです。

『ヒトコブラクダ層ぜっと』

  万城目学(まきめ・まなぶ)著最新刊 『 ヒトコブラクダ層ぜっと 』 (幻冬舎、2021年6月初版) はマキメ節復活の傑作。テンポ良く進みます。 『とっぴんぱらりの風太郎』 辺りからのがっかり感を払拭し、再び不思議な世界観を作り出しています。読後感よし。

  主人公3人は三つ子。特徴がそれぞれはっきりしており、読みながら迷うことはありません。物語はジェットコースターのようにアップダウンが多い。ばらばらに生活していた27歳の三つ子がまとめて絡め取られ、あれよあれよという間にとんでもないミッションを背負い込みます。

  題名に予想外の意味があることは物語の後半になって分かります。しかし、そこを超えて奥行きもあるサバイバル物語になっており、雨の休日に朝から読み出すとじっくりと長時間楽しめると思われます。

『菅政権と米中危機』

  『 菅政権と米中危機 』 (中公新書ラクレ、2020年12月初版)は保守派の論客、手嶋龍一氏と佐藤優氏の対談記録です。中国が強引な海洋進出を続けているのに 「 永く安逸をむさぼってきたニッポンには自覚がまことに希薄 」 (手嶋氏)、「太平の眠りから覚めていない」(佐藤氏)と警鐘を鳴らしています。

  新聞を毎日(電子版含め)読み、テレビやネットでニュース番組を見ていれば誰でも知っている内容がほとんどです。例外は「アチソン・ライン」 が朝鮮戦争を誘発したことやレーニン主義の命名がスターリンだったということぐらいでしょう。

  この本、よく読んでも、日本の何が、誰が、無自覚でボンヤリしているのか、書かれていません。

  それは脇に置き、2人が強調したかったのは3点に絞られます。いずれも共感する内容ではあります。第1点は米国と中国の間に条約でもって核戦争・地球破滅の恐怖を共有し合う「相互確証破壊」「恐怖の均衡」がないため、米ソ冷戦時代よりも熱戦が起きる危険な状態が続いていることです。

  第2点として尖閣諸島問題、台湾海峡問題を挙げています。例えば中国漁船団が“台風避難”で尖閣諸島に上陸し海警局武装船が“救助”の名目で日本の領海で停船し続けたり、台湾が与那国島から110㌔の近距離にあり、有事の際に中国軍が占領したりするリスクです。日本と米国は即応するため、中国に進出した日系企業が経営の危機に直面しそうなことは本書でも指摘しています。

  第3点は米国の対中分離(decoupling)政策と中国の「一帯一路」政策の衝突を「新冷戦」と呼ぶことへの違和感です。中国は冷戦時代のように革命の輸出をしておらず、単に大中華圏の建設を目指す帝国主義イデオロギーに根ざしている、つまり、かつての冷戦とは違う、という訳です。正確な言葉遣いを怠ると本質を見間違うため、確かにとても重要です。

  新型コロナウイルスの封じ込めでは、独裁主義が本来、民主主義よりも優れていることを中国政府は実証したつもりになっている、とした記事はよく見かけます。深刻な事態ですが、これは冷戦時代のイデオロギー対立ほどには、まだ、熱くなっていないとみるべきでしょう。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>